第16話 受付嬢ちゃんとカタいヒト

 受付嬢をやっていると、ルールにルーズで「そんなカタいこと言うなよ~」とか「それぐらいそっちで何とかしろよ~」とか言ってくる人がいます。

 今までよっぽど甘やかされてきたのかなと思わないでもないですが、正規の組織で正規の手続きを経ずに話を進めることなど不可能に決まっています。


 必須書類を用意せずにやってくる。

 前に必須だと説明したのをすっかり忘れてやってくる。

 そんな書類偽装できるんだから重要じゃないと主張しはじめる。

 全部駄目です。

 いや、当たり前です。

 ルールに則らず仕事をしていたら最終的に出来上がるのはただの無法者集団であって、むしろ逆に何故それでいけると思ったのか聞きたいくらいです。


 逆に、ルールに厳格すぎる人も困ることがあります。これは客ではなく上司の場合なのですが、様々な仕事をこなす中で発生する細かなミスや手続きの間違い、既定の仕事ルールから外れた行動を逐一咎められるのです。


 すごく真面目で厳格に思えますが、そこは別にいいのでは? という合理性を通り過ぎたルールを指摘してきたり、ミスを探して糾弾することを前提にして仕事をしているのではと思うほど執拗にミスを目ざとく見つけてきます。シオリの上司の更に上司がそのタイプで、周囲からは煙たがられています。しかしその人はミスをしませんし、大ごとをやらかすこともありません。

 出来る人だなぁ、とは思いますが、自分がそうなるのは嫌だなぁとも思います。


 このヒトは真面目なのでまだいいのですが、時たま粗探しを生き甲斐にしているタイプが出現するのが厄介です。ギルド内でもそうですが、このタイプは冒険者にも定期的に出現します。


 やれ私は気にしてないけどら抜き言葉は言葉の乱れだの、やれ私は気にしないが昔の書類はもっと簡単だったからお前らもそうしろだの、やれ私は怒っていないがいつまで待たせるんだだの、社会ルールというよりは自分ルールに極めて厳格です。

 受付嬢は基本的にルール守れる人しかなれないので、それ以外の所でなんとか相手を糾弾できるポイントを探そうとしてきます。


 暇なのでしょうか。

 極めて暇すぎるのでしょうか。

 根拠を他人に求める割には自慢げに朗々と語るのは何故でしょうか。

 どうして見え透いた嘘を念押しするように何度も何度も並べるのでしょう。


 疲れます。

 非常に疲れます。

 アシュリーちゃんの場合は親衛隊が対象の人物をどこかに連れて行ってしまいますが、モニカちゃんだとだいたい涙目になって謝り続けます。シオリは気が済むまで構ってあげるようにしています。


 ちなみに、これで対応したのがレジーナちゃんなら真っ向勝負の始まりです。相手がどんなに怒ろうとレジーナちゃんも天井知らずに怒りながら正当性を主張し、最終的にはけちょんけちょんにやっつけます。


 彼女のそれは討論や議論ではなく、自分が正しいという結論に至る意見以外を一切無視するガン攻めスタイルです。これをされると相手がギルドの偉い人でもないかぎり絶対負けません。


 ただし、レジーナちゃんが間違っていてもレジーナちゃんが勝ちます。あと普通に冒険者に喧嘩を売るなと怒られ、ときどき減給されます。それでも自分に絶対の自信があるレジーナちゃんはある意味凄いけど、何事にも適度な柔軟性が欲しいなどと思う今日この頃です。


 しかし、本日のお客さんはそのようなカタさとはまた違ったカタさを持っています。


「という訳で、今日からこの町で活動しまーす! ヨロシクっ!!」


 元気一杯の花丸笑顔、といった具合に向日葵のような明るい笑みを浮かべる冒険者の少女は、その名をカナリアさん。他所からここに本拠を移す冒険者さんです。


 冒険者はギルド管轄の町に自分の家や土地を持つ場合、その土地の役所以外に管轄内ギルドにも書類を提出する必要があります。なお、定住していない場合――例えば居候や宿屋暮らしの場合はこれは必要ありません。


 書類不備はなし。

 彼女はしっかり者で身分の確かな冒険者さんです。

 こういったそつのない人がギルドにとっては一番助かります。

 カナリアさんは人なつっこい笑みが似合うヒトですが、子供好きのシオリとしては食指が働かな……もとい、違うなという感じがします。


「じゃあこれから分からないことがあったらキミに聞きに来ていいかな?」


 そういいながらカナリアさんは低身長の人用の台に乗ったままこちらに握手を求める手を伸ばします。シオリも断る理由はなく、その手を握り返しました。

 途端、少女の手がギュっと強く結ばれ――シオリの手にメリメリめりこみます。悲鳴を上げなかった自分を褒めたいです。


「あ、ごめん。どうも同族以外の人との握手って加減が難しくて……てへっ☆」


 すぐに手を緩めて絵に描いたようなてへペロを披露するお茶目なカナリアさん。彼女は悪意や害意があってシオリの手にダメージを与えた訳ではなく、強いて言うならばシオリの手が彼女にとって柔らかすぎたのです。


 その小さな体と小麦色の肌、そして『触ると石のように冷たくて硬い身体』。

 油断したシオリが迂闊でした。

 既に書類に書いてあったのだから警戒すべきだったのです。


 彼女は『エディンスコーダ鉄鉱国』出身の由緒正しき石族ガゾムなのです。


 ガゾムの特徴は体が子供で、肌が小麦色で、そして全身が石のようにカタい! まさかここに来て物理的にカタい人が現れるとは、シオリの慧眼を以てしても読めませんでした。

 このカタさは俊敏性や関節稼働には影響を及ぼしません。ついでに長生きです。目の前の少女に見える人も既に70歳。ガゾムの寿命は平均300歳以上と言われていますので、まだガゾム的には若い方です。


 鉄鉱国の民族衣装であるオーヴァル(足から胸元までを覆い二本の肩紐で固定する、作業着のような服)は今ではファッションとしてもひそかな人気を呼んでいますが、それはさておき。

 職人気質が多く体躯の小さいガゾムが冒険者になるのは極めて稀で、シオリも初めて見たくらいのレア度です。一体どんな風に戦うのかを知ることで今後のアドバイスに役立てたいです。


「戦い方ですか? うーん、真っすぐ突っ込んで全てを粉々に吹っ飛ばす感じです!!」


 なるほど、彼女は大砲の弾のような御仁のようです。

 早速アクの強い感じが滲み出てきています。

 続いて武器を訪ねます。


「愛用の携行数砲けいこうしゅほう、パンナ&コッタちゃんです!!」


 なるほど、彼女は砲弾ではなく大砲をぶっ放す側の人間だったようです。

 流石はあの英傑にして国王であり天才技術者の「大砲王」を生んだ国の出身者。

 シオリは段々と気疲れしてきました。


 数砲しゅほうとは、数銃しゅじゅうと基本原理は同じものです。

 ――少し前に死亡が確定したクロトくんの遺品として保管されているものを思い出し、すぐに頭から消します。


 数銃は超大型迷宮リメインズから発掘された技術やガゾムの技術を組み合わせて近年発展した射撃武器で、内部に刻まれた神秘数列が持ち主の神秘を変換してエネルギー弾に変えて発射するものです。


 扱いの難しい神秘術を使えなくとも簡単に使え、術者は更に自分の術式を加えることで属性変化を起こさせることも出来ます。中には特殊な火薬と弾丸を組み合わせることで術なしでも凄まじい速度で鉄の塊を発射できるものもあるそうですが、冒険者でこれを使う人はいません。


 火薬も弾も高価ですし装填の手間があるので、少数行動が基本の冒険者には威力があっても使い辛いのでしょう。数砲しゅほうは逆に破壊力重視で、旧来の火薬で発射する砲に神秘数列を刻んで威力を増幅させます。


 ただ、携行数砲というのはシオリも初めて聞きます。

 だって大砲って携行するものじゃなくない? と思うのはシオリだけでしょうか。

 カナリアさんがカウンターにゴトン! と、ドデカイ銃を置いて指でなぞりながらうっとりしています。


「これがかわいいうちの子ですよ! この光沢、ライフリング、重量感! たまりませんよねぇ!」


 大きさは一般的な数銃の6倍はあるでしょうか。

 なるほど、このサイズになると銃より砲がしっくりきます。


 数銃は大抵は銃身が前に突き出ているのですが、彼女のこれは後ろ向きに銃身が伸び、取り回しやすい代わりに照準が少し難しい仕様になっているようです。しかも上のバレルだけでなく下にもバレルがあるダブルバレルという見たこともない構造です。下部バレルは上部バレルより太くて短めに見えます。

 そしてグリップの前には手の甲や指先を守るようにゴツイ金属のガードが取り付けられており、既にこれを握って魔物をぶん殴っても十分武器として使えそうです。


「よくぞ気付きましたね! 接近戦を想定して殴りやすい形にしてるんですよ!」


 殴る用だったようです。

 シオリはだんだん眩暈がしてきました。

 なお、試しにちょっと持ってみようと思ったのですが、ブラッドリーさんの大剣ぐらいあるのではないかという重量にすぐ音を上げました。

 こんなもの実戦で取り回せるのでしょうか。


「できますよー! ホラ、両手に構えてこんな感じで!!」


 カナリアさんはカウンターに置いたものと同じ数砲を装備して軽快にシュッシュッと拳を振ります。拳を突き出す度にボッ、と空気を貫く音がするのが恐ろしいです。

 そういえば名前が「パンナ&コッタ」だったので二丁なのは予想して然るべきでした。シオリが触っていたのはパンナの方だったようです。


 細腕に似合わぬフックやストレートを披露するカナリアさん。軽々と振り回しているように見えますが、先ほど実際に持ってみた際の重量から考えるに拳の一つ一つが殺人的な威力です。

 もはや乾いた笑いしか出てこなくなったシオリは、最後に数砲の威力を確認してみました。


「最大出力ならこのギルドくらいの建物は余裕で爆散できますよ!! スゴイでしょ!?」


 シオリは張り付けた笑顔のまま、彼女――カナリアちゃんの備考欄に「過剰火力注意」と書き込みました。とんだボンバーガールの登場に、果たして自分はどこまで対応できるのか。


 ギルドに自覚なき問題児がやってきたことに対する不安から目を逸らすように、シオリは今晩のおかずはなにかなぁ、と遠い目で思うのでした。

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