第6話 受付嬢ちゃんの不安

 食事が終わりギルドに向かう最中、ふとフェルシュトナーダさんが訪ねてきます。


「そういえばブラッドリーは今この町にいる?」


 最強の冒険者であるブラッドリーさんはフェルシュトナーダさんとよくコンビを組みます。というか、フェルシュトナーダさんが圧倒的に強すぎて彼女についていけるのがブラッドリーさんしかいないというのが正確なところです。


 ギルドの最高難易度依頼はこの二人が全てやっつけているのがギルド西大陸中央第17支部の現状で、なんなら別のギルドからヘルプが入って出張することさえあります。


 普段顔を合わせるときは実感がありませんが、二人は世界の冒険者の中でも最強格なのです。別に自分の事でもないのに何故かわくわくしてしまいます。


 本来なら冒険者の個人情報をおいそれと言うのはよくありませんが、この二人の間の情報ならいいだろうと柔軟に判断したシオリは、今は依頼を請けていないのでいる筈だと答えます。


「そう。じゃ、もし午後に彼がギルドに来たら私が呼んでたって伝えておいてくれない? そう言えば彼も分かるから」


 それくらいならお安いご用だと快諾します。

 そして、一応忙しさで忘れないようにシオリはメモ帳に今の話を書き込みました。横で見ていたレジーナが呆れた顔をします。


「うっわ、まめ~……相変わらず真面目すぎだろシオリ」


 メモは全ての基本です。

 というか、書かなかったときに限って忘れます。

 そう言うと、フェルシュトナーダさんが優しく微笑みました。


「努力家ねぇ、シオリって。冒険者のために真摯なところ好きよ。真面目すぎてちょっと心配になるけど」


 シオリから言わせればフェルシュトナーダさんの方がよほど真摯すぎて心配です。彼女は冒険家業の合間を縫って遠出をしては、薬師として病気に困る人々を助けて回っているのですから。


「いいのよ。私は人助けが趣味みたいなものだから。それに、私がやらなきゃみんなアーリアル歴王国製のと~っても高いお薬に縋らなきゃいけないのよ? いくらなんでも高すぎるのよあそこの薬って!」


 自分のことのように憤慨するフェルシュトナーダさんですが、同じように憤る人は少なくありません。

 それくらい、アーリアル歴王国製の薬を巡る事情は厄介なのです。

 レジーナちゃんも同意見なのか頷きます。


「あいつら、戦前は普通に提供してたらしいのに戦後になって値段つり上げたんだろ? マジでタチ悪ぃよな」


 この問題に世間が頭を悩ませる中、フェルシュトナーダさんは豊富な知識を活かして独自の製法でアーリアルの薬より圧倒的に安価かつ相応に効果のある薬を作っては貧しい地域に売り渡しており、この周辺では非常に感謝されるありがたい存在です。


「……まぁ薬のことはともかく、伝言頼んだわよ!」


 ひらひらと手を振ってフェルシュトナーダさんと別れたシオリとレジーナは、午後の戦場たるギルドへと戻っていきました。




 ◆ ◇




 午後のお仕事の時間です。


 お腹が満たされると眠気が誘いますが、そんなものはお仕事が吹き飛ばしてしまいます。冒険者たちは毎日仕事に餓えていますし、ギルド管轄内では頻繁に採集や魔物対策の問題が発生します。受付嬢たちが忙しくなるのは必然です。


 と、不意にギルド内の空気が変わります。

 その原因は、ある一人の冒険者の来訪でした。


 使い込まれた堅牢な鎧と、血のように赤いマント。

 若い顔立ちながら得も言われぬ貫禄がある鋭い瞳。

 数々の凶悪な依頼を突破した別格の実力者。


 彼の名はブラッドリーさん。

 別名を『不死身のブラッド』。

 フェルシュトナーダさんに並ぶ最上級冒険者です。


 彼はクエスト用紙も持たずに一直線にシオリの元に近づいていきます。シオリの前に並んでいた冒険者は自然と彼を前に道を開けていきます。実はこのギルドでの所属期間は半年程度と意外に新参な彼ですが、既に周囲から実力に敬意を払われているのが分かります。

 彼はそれに「すまない、すぐ終わる」と手を上げて応えるとカウンター前に立ちました。


 目の前の圧倒的な存在感にシオリも自然と背筋が伸びます。

 ブラッドリーさんは、その重厚感ある声で訪ねてきました。


「……頼んだものは、届いているか?」


 はいっ! と反射的に鬼教官に指名されたようなキレのある声を出してしまうシオリは、カウンターの近くに預かっていた大きな長い包みを載せた台車を転がし、ブラッドリーさんの前に出します。


 それは、ブラッドリーさんが遠い場所にいる友人に頼んだ彼の武器、シオリの身の丈ほどもある大剣でした。ブラッドリーさんはそれを片手で持ち上げると包みをはがし、鞘から抜いて刃を一目検め、背中のアタッチメントにがちんとはめ込みました。


「間違いない、俺の品だ。感謝する」


 数々の凶悪な魔物を真正面から大剣で粉砕してきた現代の英雄たるブラッドリーさんですが、実はとても謙虚で優しい人です。そのことは以前にシオリが変質冒険者に付きまとわれた際に思い知りました。


 だからこそ、そんな彼に指導をする立場であることが申し訳ないとシオリは思います。

 ストーカー事件の恩を返そうにも、強すぎる彼にシオリがしてあげられることは余りにも少ないのです。

 せめてメッセンジャーの役割は全うしようと、シオリはフェルシュトナーダさんが呼んでいたことを伝えます。


 ブラッドリーさんはそれに深く頷き、不意にすっと目を細めました。

 もしや、何か彼に失礼があったのでしょうか。

 内心で盛大にアワアワと慌てるシオリに、ブラッドリーさんが重苦しい口を開きます。


「その後……つきまといは起きていないか?」


 へ? ……あ、はい。おかげさまですっかりなくなりました。


「……なら、いい。何かあれば、相談は早めにな」


 ブラッドリーさんはそれだけ言ってさっさと帰っていきました。

 優しいのは良いけど、ブラッドリーさんは会話の間やタイミングが独特で、いまいち会話の間合いが分かりません。


 そんな彼の背中に独り言を呟く男が一人。

 列に並んでいた新人のサクマさんです。


「……すげー威圧感というか、存在感というか。あんなデケー剣を片手とか本当に同じ人類かぁ? あ、これ依頼」


 午前中には持っていなかった煙管を指で弄ぶ彼が手に持っていたのは、採集依頼の初歩の初歩たる小陰草という薬草の依頼です。


「一番楽そうなの取ってきてみたけどこれで合ってる?」


 斧戦士バンガーさんと真逆の方向で果てしなく冒険をナメた人にシオリはため息をつきます。

 しかし、背伸びせずに冒険者デビューにザ・初心者用依頼を迷いなく持ってきたのはいいことなので敢えて言及はしません。小陰草は見た目が分かりやすく、魔物の少ない地域にも生えているのでサクマさんが苦戦することはないでしょう。

 手早く依頼の処理をする中、サクマさんが不思議そうに質問してきます。


「なあ、薬草の採集依頼ってやたら一杯あるけど、栽培とかして増やさないのか? わざわざ何度も取りにいくの効率悪いってか危ない気がするんだけど……」


 何を突然妙なことを、と思いましたが、そういえば彼は東大陸の出身だということなのでこの辺りの常識を知らないのかもしれません。


 確かに栽培ができれば楽になりますが、そもそも、それができれば苦労しないのです。

 薬草の栽培は一部のものでは行われていますが、現状では栽培方法が確立していないものが圧倒的に多く、また特殊な環境下にしか自生しないものも多い薬草は栽培の試行錯誤に時間がかかるのでなかなか進んでいません。


「成功してるところにアドバイス貰うとか出来ないのか?」


 無理です。


「なんで?」


 成功している国――アーリアル歴王国が『医療独占』を行っているからです。


「医療独占……? そういえばここに来るまでにたまに聞いたな。ニーベルに質問してもなんか渋い顔するからまだ知らないけど、医療知識を独占して治療費ガッポガポみたいなことなの?」


 概ねその認識で間違いありません。

 アーリアル歴王国はあらゆる薬草や薬学の知識を備え、更に内部であらゆる薬草を自在に育てることが出来る世界唯一の神殿たる『スヴァル神殿』を保有しています。

 有事に際してはこれを人類の為に無償で使うと約束していますが、平時である今、アーリアルはこの世界が羨む神殿を独占しています。


 サクマさんは小さな声で「なんで神殿で薬草育ててんの? それもう生産プラントとかそういうものでは?」と呟きましたが、ちょっと何を言ってるかわかりませんので続けます。


 タチの悪い事に、常に薬草が安定して手に入るためにアーリアルには医療を研究したり新薬を作るのに最高の環境が整っており、それらを求めてやってきた人材を囲い込むことで医療技術や知識までをも彼らは広めないようにしています。


 ただ、最高の環境で作られただけあってアーリアルの薬は非常に、非常によく効きます。ある地方で不治の病とされていた病気がアーリアルの新薬で一発快方なんて珍しい話じゃありません。


「でもお高いんでしょ? ってやつか」


 その通り、アーリアルが輸出する薬は安定供給及び確かな品質と引き換えに、暴利と言っていいほど高いのです。

 でも、大金を払えばそれは迅速に手に入ります。

 だから病に苦しむ人は借金してでも手を伸ばさざるを得ない。


 さあ、サクマさん。

 そろそろ薬草の採集依頼が多い理由が分かったのでは?


 「アーリアルが協力してくれない限り薬草の栽培技術は発達しないけど、発達したら自分の儲けが減るからアーリアルは絶対に手伝わない。栽培技術の熟成が成るのを祈りつつ、今はバカ高いお金を払わずになるべく自力で薬草を手に入れていくしかないってことか……」


 そういうことです、とシオリが頷くと、サクマさんは微妙な顔をした。


「ニーベルが渋い顔してた理由がよく分かったよ。母国の悪口はいい気がしないけど言い分がもっともだから言い返すことも出来ないでいたんだわ、あいつ」


 バンガーさんと違ってサクマさんは情報さえあれば察しがいいようです。


 というわけでサクマさん。

 ガメつくケチなアーリアル歴王国の影響が大きいこのギルド周辺の医療事情を安定させるために、薬草採集をしっかり頼みます。


「え、お、おう……珍しい雑草探しだからニコチン中毒でも楽勝だと思ってたのに、なんか予想外に重い責任背負わされてさっそく帰りてぇ」


 ものすごく人生をナメた言葉を残し、サクマさんはギルドを後にしました。にこちんとは何なのか分かりませんが、シオリは未だかつてここまで志の低い冒険者を見たことがありません。

 彼には今度、ギルド冒険者のなんたるかをきちんと問わなければいけないと備考欄にこっそり書き足すポニーちゃんでした。


 貴方が落伍するのは結構ですが、あの白い女の子を路頭に迷わせたら割と本気で許しません。

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