第4話 受付嬢ちゃんの懐疑
ギルドの受付嬢はクエストの業務が主ですが、冒険者登録も同じくらい大事な業務です。危険と隣り合わせの冒険者は死者数が決して少なくないので新人は手厚く迎えなければなりません。
とはいえ、ギルドは公的な機関なので登録手続きは疎かに出来ません。
得体のしれない人物にいきなり公的な身分を与えてしまう訳にはいかないので、登録は信頼の置ける身分証明書類ありでも認可に丸一日、そうでない人は厳正な審査と調査が必要なため最速でも三日はかかります。
初日で簡易面接と書類への記入し、上の部署へ提出されるとそこで身分詐称や犯罪歴がないかなど厳正な審査と調査が行われます。
これを通り抜けて暫定的に問題がないと判断されるとギルド本部から支部へと査察員がやってきて最終確認と二次面接を行い、これにクリアしてやっと冒険者として認められます。
ですが……必ずしも将来有望な人物が来るとは限らないのが世の常。
更に言えば、胡散臭かったり怪しいヒトもやってきます。
それでも、正規の書類が審査を通過したらどんなに怪しくとも通さなければなりません。
よって、目の前の非常に怪しい新人冒険者も、上がいいと言えば許可を出さなければいけないのです。
「これが許可証か~……え、これ動物の皮紙か!? こんなもの使ってんのかよ……」
桜色の髪のマギムの男は何故か薄気味悪そうに紙をぺらぺら弄んでいます。
公的書類をこんなもの扱いとはどういう教育を受けているのでしょう。さっきから挙動不審で言動もおかしく、非常に怪しいです。
彼の付き添いらしい金髪で顔の整ったマギムの男性は苦笑いしています。
「ギルドの公的書類は偽装が困難な特定魔物の皮を加工した皮紙が使用されてるんだ。この辺じゃ常識だよ」
「うへー、なんかグロイ。植物性の紙でいいじゃん別に……」
「慣れなって。ああ、すいません。彼どうも東大陸のヒトみたいでこっちの常識に疎くて……」
桜色の男性の名前はサクマさん。
金髪の男性の名はニーベルさん。
どちらもこのギルドでは初顔です。
サクマさんは新規登録で、ニーベルさんは別のギルド支部からの活動場所移転手続きによってやってきています。
「それにしても思ったより早く申請通って良かったね?」
「三日で国籍取れるようなもんと思えばそりゃ有り難いが……魔物との戦いなんぞまっぴらだぞ? 死ぬから。俺が」
「はいはい。身分がきちんとしてりゃ商人証とかもアリだったんだけど、それがないなら冒険者登録が手っ取り早いんだよ。国籍と違って国家間の移動も許可下りやすいし、実績重ねれば将来色々と便利だし」
「そんな持っててよかった英検二級みたいな言い方されても……」
エーケンニキュウってなんでしょう。
シオリの中でサクマへの不信感が増加していきます。
ちなみに目の前で盛大に打算的な事をいう金髪イケメン冒険者ことニーベルさんですが、サクマさんの申請が簡単に通った理由の一つはニーベルさんがアーリアル歴王国の権力者の息子であることが作用していると同僚の噂で聞きました。
アーリアル歴王国と言えば世界に名だたる
それにしても、ニーベルさんはお金持ち冒険者にしてはかなり冒険者然とした態度が板についています。装備も高級品ながら実用を考えたものを揃えており、装備に着られていないなとシオリは感じ取りました。
お金持ち冒険者は自己満足タイプが多く、勝手に理想を持ってやってきて勝手に裏切られて帰っていく役立たずか護衛に雇った冒険者が強いだけというケースが多いのでギルドでは好まれません。
そんな中にあって本当に冒険者として頭角を現すヒトは稀です。過去のギルドでも実績はあるようなので、このヒトは「冒険を知っている」ヒトのようです。
しかし、この二人たちはどういう関係なのでしょう。
サクマさんは服も着慣れていないし周囲をちらちら見てお上りさんのようにも、隠し事のある人にも見えます。ギルドの進出が遅れており交流も少ない東大陸の出身だと言われれば筋は通っていますが、纏う雰囲気もどこか異質に思えます。
対し、ニーベルさんは良家のお坊ちゃんで実力もあって周囲の女性職員がちらちら熱のある視線を送る程度にはイケメンと特徴てんこ盛りなのも気になりますが、何故サクマさんに付き合ってギルド替えまでしたのかが不思議でなりません。
調べた限り、ニーベルさんは腕は確かながら特定のギルドに長居せずに各地を転々としている旅人気質があるようです。
そんな彼がこれといって地理的特徴もないこのギルドにやってきて、しかも得体のしれない誰かさんを冒険者にすることを手伝っているというのは少し怪しい話です。
そして怪しさに拍車をかけるのが、ニーベルさんたちの足元にいる小さな少女です。
「……」
純白の髪、白い肌、真っ赤な瞳……年齢は5、6歳ほどでしょうか。
一見してグラキオちゃんのような
彼女は何を言うでもなく二人の近くに立って、時折周囲に視線を送っています。
普段は可愛い可愛いと騒ぐところですが、その気配はどこか浮世離れした不思議なもので、ギルド内で彼女の周囲だけが幻想から切り抜かれたかのように錯覚してしまいます。
ニーベルさんとサクマさんは顔を見合わせて彼女について首を傾げました。
「お腹空いてるのかな?」
「うーん、さっぱりわからん。案外特に何もないのかもしれないし……」
「……」
口ぶりからして、彼女は二人の親族ではなさそうです。
二人の間に漂う僅かな困惑を鑑みるに、迷子などと考えるのが自然でしょう。
ところがこの少女は、三日前に彼らがギルドに訪れた時には既に二人の足下にいました。挨拶して名前を聞いたのですが、無視されて心に深い傷を負い数分立ち直れなかったのを覚えています。
あの時は心のダメージで聞けませんでしたが、男二人が物言わぬ子どもを連れまわしている理由はなんなのでしょう。ニーベルさんが身分の不確かな人だったら衛兵案件待ったなしです。
シオリは思い切ってサクマさんに質問してみました。
「え、この子が誰か? 知らん」
知らんて……どういうことですかと聞き返すと、ニーベルさんが困り顔で補足説明しました。
「……ある日突然、気がついたら野宿中の俺たちの寝床に入り込んでたんです。最初は迷子かと思ったんですが、近隣の村々を回っても見覚えがないって言うし、しかも彼女は喋れないんですよ。文字も書けない、ご飯の食べ方もあまり分かってない、トイレの仕方も分からないという状態でして……」
トイレ……え。でもあなたたち二人とも男ですよね、とシオリは思わず口にします。するとニーベルさんは更に困った顔をしました。
「だから余計に困ってるんですよ……ここにはサクマの冒険者登録のほかに、この子の引き取り手探しも兼ねてるんです」
衝撃の展開です。
男二人で少女を囲んであんなことやこんなことをしていた男たちが、養うのを面倒になって他人に押し付けに来たようです。この二人は予想以上のクズなのかもしれないとシオリはややバイアスのかかった認識で戦慄しました。
このまま彼女はどこかの孤児院に放り込まれるのでしょうか。それも孤児としては運がいい方なのかもしれませんが、まるで捨てられる様を見せつけられるかのようでもありシオリは苦い顔になってしまいます。
と、白い少女がサクマさんとニーベルさんの服の裾をきゅっと手で掴みました。
「お、どうした?」
「お腹空いてるのかな」
「おいニーベル、お前毎度それだな」
「………ぁ」
「!」
「!」
「………い、しょ。いぃ、しょ」
たどたどしい言葉、いえ、本当に言葉なのかも分からないような声でした。しかし2人に一生懸命にしがみ付いているように見えるその様に、2人はしゃがんで少女の頭を撫でます。
サクマさんが先ほどまでの挙動不審さが嘘のように優しく問います。
「一緒がいいのか?」
「う、う」
こくりと頷いた少女ををサクマさんが抱き上げて背中をなでると、彼女は目を細めて彼に体重を預けました。まるで母親の手に抱かれたかのように心を許しているのが分かります。
「な、なぁニーベル」
「俺は最後まで面倒を見ることはできないぞ」
「うっ」
「でもまぁ、君が腰を落ち着けてどっかに住んで彼女の世話をするっていうなら、手伝いくらいはする」
「ニーベル、心の友よ! 付き合い3か月だけど!!」
「君は時々ものすごく虫のいいこと言うよね!?」
思いのほかペラペラな友情でしたが、サクマさんはどうやらシオリが訝しんでいるようないい加減であやふやな人物ではなかったようです。彼の瞳は既にその手に抱いた少女を責任持って養おうという親のような感情が見えています。
彼を疑った自分の心が汚れているような錯覚をしたシオリは、ちょっぴり人を第一印象だけで判断したことを後悔するのでした。
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