第3話 受付嬢ちゃんの好感

 この世界――ロータ・ロバリーには多様なヒト種が存在します。

 シオリの所属する西大陸中央第17支部はヨーラン平原国という国で、只人マギムというヒト種が主要な人種となります。


 マギムの特徴は、尻尾翼もヒレも角もこれという大きな特徴が何もないことです。それ故、マギムはヒト種でも最古の形ではないかと言われています。シオリもこのマギムですし、ギルド職員や冒険者もこの辺りはマギムが圧倒的に主流です。


 しかし土地が違えば事情も違い、例えば西大陸の北に存在するコマヌ国は犬人ケレビムという犬耳犬尾の種族が主流だったりと、土地によって住まう種族は大きく違います。


 そして今、シオリの目の前にいる非常に可愛らしい犬耳犬尾っぽい少女は狼人フェリム――これは今や三大国ビッグスリーに並ぶとされる南の果ての雪と氷に覆われた国、エドマ氷国連合の主要種族です。


「その瞬間! 妾のカンは冴え渡り、一撃で魔物めの心臓を氷の刃が切り裂いた! こうして目標を達成した妾はこうしてシオリに報告をしに参ったのじゃ!」


 自慢げにアピールしつつも身長が足りないので台の上に立ってカウンターから顔を出すこの白髪赤目の女の子は、その名をグラキオちゃんと言います。可愛い。

 特徴は雪の精霊のような可愛さ。

 のじゃ口調も仕草もどや顔もとても可愛いです。


 彼女は年齢的には10歳にも満たず本来なら冒険者になれないくらいなのですが、彼女はエドマ氷国連合でも地位の高い家にいるらしく謎の圧力で冒険者になることを許されています。

 そんなグラキオちゃんは戦果を誇るように胸を張ります。可愛い。


「妾の美しき氷の神秘術の前に敵はなし! 妾を越える者など偉大なる白狼女帝様くらいのものであろう! すなわちエドマ氷国連合が世界の覇権を握るのも時間の問題よ! ふはーっはっはっはっは!!」


 ちなみにバンガーさんが100人いても彼女には勝てないくらい強いです。

 可愛くて強いなんて無敵では? とシオリは真剣に考えてしまいます。


 ただ、周囲には「確かに美少女だけどそれはシオリが病的な子供好きだからじゃないの?」とか「お国自慢や自分の自慢が多くて性格がめんどくさい」と指摘されます。

 失礼な、小さい子供がワガママなのは当たり前だしそれを可愛く感じるのも当たり前のことです。それが証拠にグラキオちゃんはこんなにも可愛いのですから。もこもこ気味の服が余計に可愛いです。


 余りにも可愛くて、彼女の主観入りまくりの長い討伐報告もニコニコしながらうんうん頷いてしまいます。特別扱いかよという指摘もありますが、逆にちゃんと聞いてあげなかった受付嬢は気に入らないと騒ぎ立てて余計に騒ぎを起こすのでこれが正解なのです。

 ワガママなところも可愛いですが、シオリの前では素直なので余計に愛おしくなってしまいます。

 当のグラキオちゃんは一通り説明とお国自慢を終えてうんうん頷きました。


「他の愚か者共に比べてシオリは妾の有り難き言葉によく耳を傾けておる! 感心感心、褒めてつかわすのじゃ!」


 必死に背を伸ばしてシオリの頭に手を伸ばそうとするグラキオちゃん。

 頭を下げて近づけると、彼女の小さな手がシオリの頭をなでなでします。

 もうたまりません。仕事じゃなければこのまま抱きしめたいです。


「うむ、時間を取らせたなシオリ! ではまた明日来るぞ!」

(1分で終わる説明にたっぷり10分も時間取りやがって、周りの迷惑も考えろよ……)

(偉そうなことばかり言って周囲を見下しやがって! あれで実力があるから余計に腹が立つぜ!)

(バカ、声を抑えろ! シオリちゃんに聞かれるだろーが!)

(ほんっと子供好きよね。見た? あの幸せそうな顔……物好きなんだから)


 ひそひそと響くその声は、残念ながらシオリの耳にバッチリ届いています。

 グラキオちゃんはギルド内では特別待遇とその性格から疎まれ気味です。


 そんな彼女のあんな楽しそうな顔を見ていたら、シオリには突っぱねることなど出来ません。冒険者の心情を読み取ってやる気にしてあげるのも受付嬢のスキルと言えるでしょう。


 それはそれとしていつグラキオちゃんの尻尾がぴんと立った後ろ姿も可愛かったです。たまらん。今の分のかわいさで明日まで戦えますが、明日またグラキオちゃんが来るので永久機関の完成です。




 ◆ ◇




 冒険者ギルド所属の冒険者の中には、決して悪い人ではないけどちょっとめんどくさいなぁ、と思う人がたまにいます。

 いまシオリの目の前にいるマギムのベテラン冒険者、スピネルさんはその代表格です。


「んヘェロウ、ポニーガール! イッツクエストを受諾してプリーズ?」


 ピエロっぽい奇抜な格好をしたスピネルさんが如何に面倒臭いのかは今の一言で全て伝わったと思います。常にこんな感じで喋るので偶に何言ってるか分かりません。周囲からも変人扱いされていますが、相応の拘りを持ってあの格好と喋り方をしているそうです。


 大道芸が得意で奇術師の渾名を持つスピネルさんが持ち込んだのは難易度5の依頼。彼自身は難易度4程度なら一人でこなせる実力者なので受諾条件は満たしています。

 討伐対象は巨大蛙のヴォーダノイ、かなり厄介な水棲の魔物です。

 また、このクエストはノンペナルティクエストのようです。


 ノンペナルティクエストは複数人が受諾可能の早い者勝ちクエストで、報酬を得るのが難しい代わりに失敗してもペナルティがないのが特徴です。

 代わりに一つの討伐対象を求めて複数の冒険者がかち合うことが珍しくないのでトラブルも起きやすいですが、それでも早く問題を解決して欲しいという依頼主がノンペナルティクエストをギルドに受注します。


「今月ちょっとラックオブマニーなもので、漁夫の利狙いなぁんだ。何かグッドアイデアないかね?」


 つまり金欠なので他の冒険者を出し抜きたいそうです。

 こういうときスピネルさんはなんのプライドも見栄もないのである意味話が早くて助かるのですが、喋り方の癖が強すぎるのだけどうにかして欲しいです。

 それはそれとして、シオリはこのクエストそのものをおすすめしない、という結論を出しました。


「ホワーイ? 採集クエストを近くでやりながらリトル狙うプランだったんだぁが?」


 スピネルさんはヴォダノーイのことは知っていても、生態までは知らないのでしょう。

 ヴォダノーイは一日の殆どを水中で過ごすので、おびき出すにせよ出てくるのを待つにせよ、倒すには時間と手間と人数が必要なのです。参加者が多いほど一人当たりの取り分が減る以上、これはスピネルさんにとって割に合いません。

 

 ヴォダノーイは地上では大したことは無いけれど水場では無類に強いので、恐らくこの依頼は水中で呼吸の出来る魚族アポカムか、水や雷の術を使いこなす術師によって早々に片付けられるでしょう。

 だったらヴォダノーイになど構わず別の割の良い依頼をこなした方が効率的です。

 スピネルさんは納得がいったのか頷きます。


「ほほぅん、アンダスターンド。危険度的に行けるかなシンキングしたが、確かにポニーガールズプランの方が魅力的だぁね」


 ……そのポニーガールって言い方、やめてほしいですが。


「おっと、ソーリー。レディ・シオリ。髪型ばかり見てしまうのはワガハイのバッドな癖だ」


 まったく、ポニーテールだからポニーなんて呼び方が安直すぎます。

 気を取り直し、シオリは彼が元々受注している地域で同じく募集が出ているペルトンデアという鹿の魔物の討伐依頼をおすすめしました。ペルトンデアはあまり人を襲わない魔物ですが、この時期は繁殖期のため狂暴化して人里の近くに出ることがあるため、定期的に人間のテリトリーを誇示するために間引きの為の討伐任務が出ます。


「それは分かるが、ちょっとリターンが少ないかなぁ」


 ところが、このクエストには美味しい抜け道があります。

 依頼主の頼みはあくまで討伐だけで、殺したペルトンデアをどうしてもかまいません。そしてペルトンデアの立派な角は加工素材や観賞用として意外と高く売れるのです。


「フム、苦労はリトルあるが副産物はデリシャス……オゥケェイ、レディ・シオリの情報なら信用できるしそれで行こう」


 あっさりヴォダノーイ討伐を諦めたスピネルさんの堅実さは、冒険者としては大正解です。変人で有名なスピネルさんですが、こういうときの堅実な選択によって彼は大きなトラプルもなく今の実力にまで昇りつめました。

 これほど模範的な冒険者はそう多くありません。

 彼は他者のお手本となるべき人物と言ってもいいでしょう。


「さぁ、今日もマイライフをベェェスト・トラベェェェーーーール!!」


 不思議なポーズと踊りでダカダカと奇妙なステップを踏みながら依頼に向かうスピネルさんに、周囲はうわぁ、と奇異の目を注ぎました。

 ……冒険者としては模範的でも、やっぱりスピネルさんはヒトとして変な方です。

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