第2話 受付嬢ちゃんの対応
冒険者と言えば悪く言えば自己責任、よく言えば自由な仕事に聞こえますが、実はそうでもありません。
冒険者は、登録されれば公的に魔物との戦いに参加する義務を負います。
それはギルドが超国家条約によって定められた対魔物の砦でもあるからです。
が、そんな重い責任を真面目に背負っている自覚がある冒険者はごく少数のこと。
それが証拠に人の話を聞かない困った人が後を絶ちません。
シオリは盛大にため息を吐きたくなる衝動を抑え、営業スマイルのまま目の前の冒険者の男性――バンガーさんに、今の実績ではこの難易度の依頼の受注条件を満たしていないと告げました。
「なんでよ~イケるってこれぐらい! な、な、な! 特別にやらせてくれよぉ~!」
良くも悪くも単純そうな斧使いの冒険者の男性、バンガーさんはこのギルドでもかなり若い方の冒険者です。新人ながら逞しい方ですが、かっこつけの為に(本人は格好良いと思っている)大きな切り傷で少し破損した兜を被るというファッションセンスはシオリには理解しがたく、楽観的すぎて話を聞いてなさそうな顔の通りの性格をしています。
今までもお調子者の片鱗を見せてちょこちょことポカをやらかしていたバンガーさんですが、今回はとうとう自分の命を捨てていることに気付いていないようです。
彼の希望したクエストの討伐対象は、とても新人には務まらない危険度6の凶悪な魔物なのです。だというのに何故かバンガーさんは暢気です。
「大丈夫だってぇ! 俺こないだたまたま出くわした危険度5のトラウドをぶっ倒したんだぜ? 我が戦斧にかかればズバーンよ、ズバーン!」
愛用の斧を構えて格好つけるバンガーさんですが、今現在難易度2の依頼にもてこずることがある素人冒険者が危険度5のトラウドを倒せる筈がありません。彼は何か大変な勘違いをしていると受付嬢の勘が囁きます。
どんなに愚か者でも自分が担当する以上はむざむざ死地に送り込むわけにはいきません。さっそく事情聴取です。彼が倒したと自称するトラウドの情報を可能な限り聞き出します。
「え? 特徴? えっと、土気色で~……木っぽい感じだけど人型で~……2、3マトレはあったかなぁ」
ダウトです。
「え」
危険度5を誇るトラウドは確かに土気色で人型の大きな魔物で、樹木のような特性を持っています。しかし、トラウドのサイズは平均して5マトレの巨体を誇るのです。
3マトレも確かにヒトから見れば身長2マトレの大男も怯むビッグサイズですが、5マトレの巨体とでは訳が違います。きっとバンガーさんが倒したと主張するのは幼体のトラウドか、もしくは違う魔物です。
「……」
バンガーさんは頭の中で5マトレの巨人の足の裏が眼前に迫る想像をしているようです。暫く呆然と虚空を眺めていたバンガーは頭をブンブン振り回して顔を青くしたので、脳内の決着はどうやら彼が潰れた赤い果実になることで決着した模様です。
急に挙動不審になったバンガーさんは震える声で勝手に言い訳を始めます。
「い、いやビビってねーよもちろん今でも楽勝だと思ってるよでもシオリちゃんがそんなに言うんなら今日は空気読んでこっちにしよっかなー……」
あっさり日和った彼が代わりにすっと出したクエストは、難易度3。
難易度2を安定してこなせないくせにまだ見栄を張るつもりのようです。
「そんな目で見ないでくれよぉ! いいだろ、難易度は高いけど討伐対象の魔物は弱いんだから!」
確かに討伐対象は危険度1のワルフ――オオカミとも呼ばれる――なので危険度としては大したものではありません。
しかしながら、魔物の強さを示す危険度は必ずしも討伐対象の難易度と一致しません。討伐自体は出来るものの、条件が厄介だと難易度は危険度以上になることもあります。
つまり、彼の持ち込んだ依頼には注意深く見れば気付ける落とし穴があります。
自信過剰な彼はその辺りが分かっていないようです。
依頼内容さえきちんと理解してなさそうだと思って懇切丁寧に説明した上で注意喚起しましたが、途中で明らかに飽きて話を聞いていません。
「難易度1や2の依頼でせこせこやるのは性に合わないの! まだるっこしいことせずに一気に駆け上がらせてくれよ!」
こちらが注意喚起の為に説明しているのにこの言い草。
流石にかちんと来たシオリは立ち上がり、突然のことに動揺するバンガーさんに厳しく注意します。
こつこつ経験を積む手間を惜しんだ結果、惜しまれもせずに死という大損を被った冒険者は数知れません。そしてその大半が、先人の貴重な忠告を無視したが故の結末です。ただでさえ常に死のリスクを背負う職業なんですから、不用意にリスクを負えば本当に死ぬことになります。
と、端的に突きつけ、分かりましたか!? と確認します。
「は、はい!」
背筋をびしっと伸ばして返答したバンガーさんにシオリはやっと分かってくれたかと座り直しましたが、暫くするとバンガーさんの様子が少しおかしいことに気付きます。
「俺のことこんなに心配してくれるなんて、シオリちゃんもしかして俺のこと……ぬふ、ふふふ」
なんだかシオリの方を見てにやにや気持ち悪い腑抜け顔をするバンガーさん。
冗談は性格と知性とファッションセンスだけにして欲しいです。
この手の人物はあらゆる情報を自分に都合良く改変する能力を持っているので説得する時間が勿体ないと思ったシオリは、それでも彼が聞いていなかったであろう注意を再度します。妄想に夢中なバンガーさんの耳には届いていないかも知れませんが。
まったく、冒険者にモテると碌な事がありません。
シオリは他の受付嬢と比べてもこういう勘違いした輩が寄ってきやすい傾向にあるので、冒険者と付き合わない主義の身からすれば貰い事故みたいなもです。
朝にあったデートの誘いは序の口で、プレゼントを持ち込んでくる、自作の愛の詩を朗読するなどのドン引きアピール、シオリを原因としたカウンター前での喧嘩、果てはギルドの仕事時間が終わるまでギルドの職員用出口で延々と待っているという恐ろしいものまで過去にはありました。
あの時は流石に怖すぎて上司に相談したのですが、その結果としてギルド最強の冒険者と名高いブラッドリーさんに寮とギルドの間を送迎される羽目になり、子供のようで恥ずかしかったです。
最終的に受付嬢を待ち伏せするのは厳禁だという冒険者間のルールが浸透して待ち伏せされなくなった時点で送迎はなくなりましたが、あの件はブラッドリーさんを頼もしく思いつつも、忙しいなか付き合わせてしまい本当に付き合わせて申し訳なかったです。
過去に思いを馳せながらも手続きを丁寧に終えました。
バンガーさんは勘違いの笑みを浮かべて手を振りながらギルドを後にします。
「この依頼を片付けたらデートしてよ、シオリちゃぁぁ~~~ん!!」
ギルド中に響き渡る大声を努めて聞こえないふりをするシオリ。
周囲のひそひそ話と視線で悪目立ちしたことが恥ずかしくてしょうがありません。照れとかではなく不快感で。
なんでクロトくんとバンガーさんでああも違うかな、とため息をつきたくなります。真面目で相手を思いやれるクロトくんと独りよがりなバンガーさんは、前向きな性格なのにその方向性が真逆に作用しています。
だからこそ、こちらに気を持たせるようなことを口にしたクロトくんには驚かされましたが――彼は今、無事に仕事をしているでしょうか。
いや、気にしてはいけない、と息を整えて次の冒険者を呼ぶと、気疲れと勘違いされたか苦笑いされました。
「いいのか? 新人くんあんなこと言ってるが」
大丈夫、あれは所謂ハズレクエストなので恐らく依頼を完遂できません。
規定上は受けても問題ない範疇ではありますし、あれだけ忠告したのに一人で大外れのクエストを受けると言い張るならこれ以上シオリからしてあげられることは何もありません。彼には良い薬になるでしょう。
ちなみに依頼が失敗すれば報酬はないどころか評価査定が下がり、一度受けた依頼をキャンセルするには冒険者側がキャンセル料を支払わなければなりません。
ギルド所属の冒険者が社会的責任を負うとは言え、それでもクエストにはやはり割に合う合わないが存在するのです。
――後にバンガーさんは思いのほか依頼が大変だからと達成目標の半分あたりで諦めてギルドに戻ったところでキャンセル料の説明を聞き逃していたことを知り、おまけにクエスト不達成による評価査定の低下というダブルパンチを受けて完全に意気消沈する羽目に陥るのでした。
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