受付嬢のテッソクっ!! ~清く正しく子供に優しくルール違反は容赦なく~

空戦型ヰ号機

Act.1 受付嬢ちゃんの!

第1話 受付嬢ちゃんのはじまり

 遠い記憶が蘇る。

 遠い、遠い、十年以上前のセピア色の断章が。


 響き渡るがなり声のようなサイレン。

 立ち上る黒煙。怒号、悲鳴、恐ろしい獣の声。

 無惨に変わり果てた父と母の名を叫び、涙を堪える姉に抱えられて逃げ惑った夜。

 狂乱に包まれた町を襲う魔物の爪牙、姉の絶叫。


 襲われたのは姉ではなく、足に焼けるような痛みが走る。

 溢れる鮮血、全身から吹き出る汗、震える喉。

 見上げるほどに巨大なその魔物は、ぎらつく顎門を大きく開いた。

 視界はぼやけ、薄れ、誰かの声と姉の自分を呼ぶ声がやけに遠く聞こえた。


 ――。

 ――。


 意識が浮上し、目が覚めた。

 目をぐしぐし擦りながら天井を見上げ、やがて気怠げな体を起こす。

 そこは見覚えのある自分の一室。

 時計を見れば今日もきっかり仕事開始前だ。

 時間が勿体ないので二度寝はせずベッドを降り、すぐに洗面台で顔を洗う。

 冷たい水が心地よく、一気に目が覚める。


 ――久しぶりに見たなぁ、あの夢……。


 悪夢と言えば悪夢だが、子供の頃によく見たものだし今更それを恐れるほど子供ではない。今は当事者ではなく、第三者視点で見ているような感覚だった。

 栗色の長い髪をとかし、いつものポニーテールに纏める。

 鏡に映る自分は、寝癖も寝跡も見当たらない健康そうな顔だ。

 悪夢の影響は感じられないし、少しは大人になれたようだ。


 鏡から視線を外すと、棚に置いた写真立ての中で死んだ両親が微笑んでいる。

 両親の足下には幼い頃の姉がいて、もっと幼い自分は母の手に抱かれていた。

 もうこんな形でしか思い出すことの出来ない家族に挨拶する。


 ――お父さん、お母さん。今日も天国で見ててね。


 もう二度と会えない彼岸の向こうへ旅立った両親へ笑いかける。

 これが、今年で18歳になる社会人の彼女の日課だった。


 少女の名は、シオリ。

 冒険者ギルドに所属する受付嬢だ。




 ◇ ◆




 シオリは、自分の事をあまり取り柄のない人間だと思っています。

 そんなシオリが唯一他人に劣らないと自負できるもの、それは努力でした。

 両親もおらず家もない、長い長い姉との放浪生活の末に辿り着いた難民キャンプの学校。そこで優秀な姉に支えられて努力を続けたシオリは、難関であるギルドの採用試験に合格しました。


 一足先に就職していた姉と同じ職場になることは叶いませんでしたが、そこでシオリは新たな生活、新たな友達、そして初めての定職を手に入れました。


 朝の8時――既にギルド支部のエントランスにはちらほら冒険者たちが集まり、クエストボードの前で今日の獲物に相応しい依頼を探している頃、シオリの仕事もまた始まりを告げます。


 冒険者ギルドの受付嬢の主な仕事はシンプル。

 冒険者たちがクエストボードから持ってきたクエストの受諾手続きと、終了後の手続きです。


 活気溢れる西大陸中央第17支部には四つの受付嬢カウンターが存在し、常時四人の受付嬢が仕事を処理します。シオリは若くしてその一角を任された者の一人です。

 しかし若く美しい女性が受付にいると、いらぬ邪心を抱く方がどうしても出てきます。


「シオリちゃ~ん。な、な、いいだろ? ごはんだけ! ディナーだけでいいからさぁ!」


 シオリはきっぱりと、そのような業務は受け付けておりませんと突っぱねました。


「ちぇー……」


 口を尖らせてカウンターから去って行くごろつき冒険者にため息が漏れそうになります。どんなに注意してもこの手合いは定期的に出てくるのです。

 受付嬢の中には敢えて話を受けて奢るだけ奢らせるという猛者もいますが、シオリはそれを真似する気にはなれません。


 受付嬢の仕事はシンプルでも、冒険者には思慮の足りない方やシンプルな変わり者、時には姑息にもルールを破ろうとするならず者など曲者揃いです。それらの厄介者を如何に的確に捌けるかが受付嬢には問われます。


 ダメなものはダメ。

 言うべきことは言う。

 私情を挟んだ対応はしない。

 それがシオリなりの受付嬢の鉄則です。


 そんなシオリの前に、本日初のちゃんとした依頼を持った冒険者が現れます。

 シオリより少しばかり幼い剣士の少年は、元気よく冒険者証明とクエストシートを提出しました。


「シオリさん、このコタンコロの羽根の収集依頼お願いします!」


 クセのある前髪が特徴的な彼は、クロトくん。

 ここ数ヶ月で順調に実力を伸ばしている若き冒険者です。

 明るく素直で人なつっこく、更に聞き上手なので指導のしがいがあります。

 手始めにシオリはコタンコロという魔物の特性を把握出来ているかクロトくんに確認します。


「大きなフクロウの魔物で、危険度は3。確か夜行性。上空からの不意打ちの爪には要注意だって先輩から聞きました。作戦ですけど、夜は視界が悪くて危ないので昼のうちに何とか見つけて『数銃しゅじゅう』で仕留めようと思ってます! 羽根の数からして一羽倒せば充分ですよね?」


 流石クロトくん、予習はばっちりだとシオリは感心します。

 みんな彼ほど用意周到で勤勉だと助かるのですが。


 クロトくんは今回の戦いに使うつもりらしい数銃しゅじゅうを実際に取り出してわざわざ見せてくれました。仕事柄武器には詳しめなシオリは、その数銃しゅじゅうが最新モデルであることに気付きます。


「ちょっと値が張りましたけど、便利ですね数銃しゅじゅうって! これ、近年になって『超大型迷宮リメインズ』から発見された技術が元になってるんでしょ? 正直、これが普及したらコタンコロの羽根なんて需要減っちゃいそうですよね。あの羽根って矢羽根に使われるんでしょ?」


 確かに弓矢と数銃では数銃の方が便利そうに見えますが、実は発砲音や発射時に大きな光を発すること、さらに撃つたびに術の発動と同じく『神秘』を消耗するので必ずしもそうとは言えません。と、数銃の欠点も指摘すると、クロトくんは素直に感心しました。


「ケースバイケースなんですね。そっか、目立つってのは考えてなかったなぁ……それに神秘の枯渇は要注意ですね」


 数銃は術の源となる目に見えない力『神秘』を内部で圧縮して発射する仕組みになっています。連射が効くからと使い過ぎれば『神秘』も枯渇してしまうのです。

 クロトくんは頷き、シオリに感謝の言葉をくれました。


「いつもアドバイスありがとう、シオリさん! 他になにか注意は貰えないかな?」


 言われて、シオリは考え込みます。

 クロトくんはもう一端の冒険者になりつつあるので、基礎的な部分はそれほど心配要らないでしょう。しかし、こういう慣れてきたときほど油断するものなので、念のためいくつかアドバイスを送ります。


 コタンコロを狙う為に上を向いてると魔物の接近を見落としやすいこと。

 状態異常の各種の薬を切らさないこと。

 そして、もっと言えばそろそろ集団での仕事にシフトした方がいいのではという提案。


 単独行動の冒険者にはメリットとデメリットがあります。

 メリットは一人で挑めば報酬は総取りであること。

 デメリットは予想外の事態が起きると対応が難しいことです。

 ギルドとしては少しでも死のリスクを減らすために複数人でのクエスト遂行を推奨していますが、冒険者側も商売でやっているので信用のない新人とは組みたがりません。


 冒険者の大半は職業冒険者と呼ばれ、彼らは短期の仕事クエストを消化して収入を得る日雇い労働者のようなものです。未知の土地や迷宮を切り拓く開拓冒険者やマーセナリーのようなエリートと違い、彼らの収入は不安定で保証もそう多くはありません。

 そんな彼らに仲間に入れて貰うには、新人ながら相応に仕事が出来るということをクエストの積み重ねで証明しなければいけません。


 クロトくんはその実績や人柄から判断しても、そろそろパーティの斡旋を受けるべきだとシオリは彼の背を押します。ものは試しでやってみたらどうか、と。


「えへへ……シオリさんにそう言われると嬉しいけど、どうしようかなぁ。人生のパートナーになって欲しい人は目の前にいますけどね」


 恥ずかしげに、クロトくんははシオリを見ます。

 普段はそんなことを言うような軟派な少年ではない彼が不意に口にした言葉に、シオリはどきっとしてしまいます。

 シオリもまだ18歳の女の子。

 近い年代の男の子による不意打ちに動揺を隠しきれませんでした。

 クロトくんはその動揺を見て満足したのか、シオリに背を向けました。


「このクエストが終わったら、考えてみます。そろそろ行動に移す時だと思うし……」


 そう言って、クロトくんは冒険に繰り出していきました。

 受付に残されたシオリは暫く彼の遠く小さくなっていく背を見つめて呆け続けましたが、不意にぽんぽんと肩を叩かれてびっくりします。


「モテちゃうわねぇシオリちゃんってば。流石若手受付嬢の人気ナンバーツー! あれはきっと本気よ?」


 そこにいたのはベテラン受付嬢のカリーナ先輩でした。

 スタイル抜群で大人の色香があるカリーナ先輩は新人研修でも世話になった頼れる人物ですが、シオリの肩を触り肩を揉むふりをするカリーナ先輩はクロトくんとのやりとりに興味津々のようです。


 シオリは姉と「冒険者とお付き合いはしない」と約束したとむきになって否定しますが、先ほどのクロトくんの様子を思い出すと顔が赤くなってしまいます。年下好きのシオリ的には、性格もよいクロトくんはかなり好みなのです。

 しかし、彼のことを恋愛対象として見ては担当冒険者に色目を使っていると思われているようで癪でした。

 カリーナ先輩はそんなシオリがおかしいのか、ころころ笑う。


「確かに冒険者とギルド職員の恋なんて確かに褒められたものじゃないけど、好き合ってしまえば関係ないでしょ? プリメラなんてすぐ冒険者とくっつくじゃない」


 あの人は男を見る目がなさすぎてすぐ破局してケーキやけ食いするので比較対象として適当ではないと指摘すると、流石のカリーナ先輩も苦笑いしました。


 この場にはいないプリメラ先輩は中堅受付嬢で、見た目は吊り上がった目からきつそうな印象を受けるが褒められるとすぐデレるのでちょろいと有名です。問題は男の趣味で、いつも軽薄で責任感のなさそうな男に引っかかっています。

 そして舞い上がって調子に乗り、しかし数日後には急転直下の破局が訪れるため、周囲は彼女が交際を始めると何日持つかで賭けを始めるくらいです。


「あの子も可愛いところあるんだけど、どうしていつも見事にろくでもないのに引っ掛かるのかしら……ま、とにかく後悔の無いようにね。『冒険者の墓参りには行かない』、よ」


 『冒険者の墓参りには行かない』。

 ギルド受付嬢の間では有名な暗黙のルールです。

 最初は意味が分かりませんでしたが、今ではシオリもそのルールを理解しています。無言で頷けば、カリーナ先輩もそれ以上追求はせずややセクシーめにモデル歩きで遠ざかっていきました。


 いくらクロトくんが異性として気になっても、次の冒険者との間で扱いに差があってはなりません。何故ならば、誰であっても平等に対応することこそが受付嬢の鉄則なのだか――。


「ポニーちゅわぁ~~~ん!! この依頼、依頼料かさ増しして二倍にしてくれよぉぉぉ~~~ん!! 昨日ギャンブルで財産スっちゃって文無しなんだよぉぉぉ~~~ん!!」


 次の冒険者、ギャンブル中毒のダミさんにシオリはにっこり営業スマイルでダメですと即答しました。


「そんなこと言わずに、な? な!? 出来ないと俺ここで何時間でも泣いちゃうぞ!!」


 気持ち悪いくねくねした動きで頼み込んでくるダミさんですが、何時間泣いたところで実現不可能なものは実現不可能です。シオリは私情を挟まず平等に追い返すことにした。


 この男、受付嬢に犯罪の片棒を担がせようとする発言が既にアウトだという発想が脳の回路を回避しているのか、毎度毎度こんな感じなのでシオリも時間の無駄だと分かって業務効率化のために即座に追い返すようにしています。

 他意はありません。

 繰り返しますが他意はありません。

 ありませんが、他に用事がないならお帰りはあちらです。


「待って待って待ってやるやるやるからぁ!! なんかシオリちゃん俺に対して冷たい……クロトと全然扱い違くない!?」


 クロトくんはゴネないし不正を持ちかけにも来ないので当たり前です。仮にクロトくんが同じ要求をしてきたら突っぱねるのでこの程度の扱いの差は当然のこと。

 営業スマイルは崩していないので断じてセーフです。


 されどダミさん程度は厄介者としてはまだ序の口です。

 これから押し寄せる厄介者達はこの程度ではへこたれてくれません。

 シオリはクロトくんとちょっといい空気になったことなど綺麗に忘れ、更なる激闘へと飛び込んでいくのでした。

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