12.商人と首輪

 次の日、砂漠で夜を明かした僕たちは街へと帰る。

 本当は昨日のうちに街に戻るつもりだったのだが、いつもと違う場所で迎える夜に2人とも興奮したのか少し気分が盛り上がってしまった。

 気が付けば2人絡み合うように砂の上で眠っていた。

 砂漠の夜は昼の暑さが嘘のように冷え込む。

 普通の人間だったら凍死しているところだ。

 精霊に感謝だ。

 そんなわけで朝帰りとなってしまった狩人としての最初の狩りだが、獲物は十分に狩ることができた。

 サンドリザード2匹とデザートクラブ3匹の収穫だ。

 デザートクラブの内1匹はしばらく自分たちで食べるようにとっておくので、両種2匹ずつを商人に売り渡すことにした。

 しかしここはスラムだ。

 売り先の商人も信用ならんやつばかり。

 表通りの大きな店に持ち込めば多少は信用できるだろうが、僕たちのように路地裏に生きる人間たちを表通りの人間たちは毛嫌いしているらしい。

 まあその気持ちもわからんでもない。

 僕もスリや置き引き、恐喝とすぐに犯罪行為に走るスラムの人間があまり好きではないからな。

 だがそれは人間誰しもが持つ弱さだ。

 それを見なくて済むように街の隅に追いやり善人面して弱者を弄る表通りの人間も、それほど僕は好きにはなれない。

 どうしようもなく腹が減って仕方がなく人様の物を盗む気持ちを、今の僕は否定することなんかできないんだ。

 きっと表通りの人間も、一度くらい砂漠で野垂れ死にそうになればわかるだろう。

 だからといって犯罪行為が迷惑であることに変わりはないのだが。

 盗まれる方ももしかしたら腹が減って死にそうな可能性だってある。

 そういう可能性に目を向けないからスラムの人間は嫌われるのだ。

 スラム在住の僕も表通りの商人の店を利用することはできない。

 スラムに住むのも大変だ。

 面倒だが、スラムの中で信用できる商人を探す必要があるだろう。


「お前、商人の心当たりとかないのか?」


「うーん、ないこともないけど……」


「ないけどなんなんだ」


「チームの他の男共と鉢合わせするかもなぁと思って」


 そういえば、アイファはチームのリーダーとあまり仲がよさそうには見えなかった。

 他の男たちともあまり仲がよくないのかもしれない。

 同じ商人の店で鉢合わせるのは多少気まずそうだ。

 しかしその商人しか信用できる商人が思い当たらないのだから、そこへ行くしかあるまい。

 あまり険悪な雰囲気になるようであれば、アイファだけ帰らせればいい。

 僕だけだって、商人とのやりとりくらいはできなくはないはずだ。






「ほう、兄さん凄腕だな。どれも一撃で仕留められている」


 髭で半分以上が埋め尽くされた顔と、頭に巻かれたターバンが印象的な商人ガスパールが僕の仕留めた魔物を検分する。

 最初のデザートクラブ以降、僕は獲物をなるべく一撃で仕留めるようにしていた。

 アイファがそうしたほうが高く売れると言ったからだ。

 生き物は空気が無ければ生きられない。

 そのため空気を断てばもっと綺麗に仕留められるのだが、その場合はどのようにして倒したのか疑問を持たれる可能性があった。

 人の能力をあれこれ詮索するのは狩人にとってはタブーなようなのでそこまで深く突っ込んだことは聞いてこないだろうが、少しでも面倒を減らすためにはわかりやすく倒したほうがいい。


「これなら金貨を出してもいいぜ」


「金貨!?やったね、ロキ!」


 アイファが喜んでいるので、おそらく買い取り価格は高かったのだろう。

 やはり綺麗に倒して正解だったな。

 これもアイファの助言のおかげだ。

 僕だけだったらトカゲやカニの形をしていたことがわからないくらいに得物を損壊させてしまっていたかもしれない。

 アイファは大喜びでガスパールから金を受け取り、軽く数えると僕に渡した。

 異なる空間に物を収納することができるようになってからというもの、僕の異空間はアイファの荷物で溢れている。

 僕以外に中身を取り出すことができない異空間収納は、これ以上ないほどに安全な収納場所だ。

 アイファは鍵の付いていない自室とチームの連中への警戒から主に貴重品は街のどこかに隠していたようだったが、今ではそれらのほとんどを僕に預けている。

 重さを感じるわけでもないし、異空間に容量などはないので問題ないのだが、僕がくたばればそれまでだ。

 異空間に収納された物は、永遠にこの世に戻ってくることはないだろう。

 僕にはなんだかそれが、アイファからの僕への首輪のような気がしている。

 僕がアイファに何も言わずにどこかに行ってしまったり、勝手に死んでしまったりすればアイファは路頭に迷うことになる。

 僕はきっと、何をするにも一瞬そのことが頭をよぎるだろう。

 無茶な行動をとらないように、自分を置いていかないように、そんなアイファからのメッセージなのではないかと思うのだ。

 以前の僕であればなんだこの重たい小娘はと思うだろうが、今は不思議とそれが嫌ではなかった。

 少しは僕も、この小娘に心を動かされているということなのだろうか。


「早く仕舞ってよ」


「わかっている」


 差し出された金貨の袋を外套の内側に引き入れ、異空間に収納した。

 また少し、首輪が重たくなったな。

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追放された精霊術師は砂漠の国で小娘の奴隷となる 兎屋亀吉 @k_usagiya

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