4.スラムのチーム

 街までの距離は意外に遠かった。

 10里(約39キロ)ほどだと予想していたが、どやらその更に10倍くらいはあるようだ。

 それだけ縮尺の測りとして使っていた街の大きさが大きかったということだ。

 街というよりも、これはもはや都市国家だ。

 街一つだけで一つの国と言ってもおかしくはない規模の街だった。

 これがもしかしたら砂漠のオアシスにできたという国なのかもしれない。

 2重の城壁に囲まれた街の中心には、王が住んでいるであろう宮殿とたっぷりの水をたたえた泉がある。

 その周りには貴族が住んでいるであろう大きめの屋敷が建ち並ぶ街があり、それを守るように1つ目の城壁がぐるりと囲む。

 その周りにあるのが中流階級が住んでいるであろう街だ。

 家の造りはそれほど豪華ではないが街並み自体は整然としており、しっかりと一つの意思のもと街が作られたであろうことがうかがえる。

 その周りをさらに城壁が囲んでおり、城壁の外側には雑多な印象を受ける街がさらに広がっている。

 おそらく国が意図して作った街は城壁の中の街だけだろう。

 城壁の外の街は壁の中に住むことができなかった人々によって勝手に作られた街だ。

 街を囲む壁もなく、人の出入りを管理する門もない。

 僕のようなよそ者がふらりとやってきて紛れ込むにはちょうどいい街だ。


「何を置いてもまずは飯を食いたい」


「おい兄ちゃん」


 人気のない路地をふらふらと歩いていると、大柄な2人組の男に話しかけられる。

 あまりいい面構えの奴らではないな。

 まるで飢えた野良犬のような目をしている。


「いい服着てるじゃねえかよ。ちょっと脱いで見せてくれねえか?」


 男たちはニヤニヤしながら威圧的に話す。

 僕の服は王宮からそのまま着てきたものだ。

 当然布地は上質な布でできている。

 よく考えたら絹でできた服などは平民はあまり着ないかもしれないな。

 変な目立ち方をしてしまった可能性がある。

 面倒だな。

 僕は右手の人差し指の先に蝋燭くらいの火を灯す。


「3秒待つ。消し炭にされたくなかったら消えろ」


「ちっ、こいつ魔導士だ。退くぞ!」


「くそがっ」


 男たちは逃げていった。

 何もないところに火を灯すことができる存在などは魔導士か精霊術師だけだ。

 どちらであっても、こんなところで恐喝などをしてその日の糧を得ているような奴らになんとかできる相手ではない。


「魔導士か」


 魔導士は精霊と同じことを人の身で再現する者たちのことだ。

 魔術という術を使うらしい。

 僕は精霊に頼まずに、自分の力だけで火を灯してみる。

 これが魔術というもののはずだ。

 身体の中の何かがすごい勢いで消費しているような気がした。

 とてもではないが、効率的な術だとは思えない。

 精霊が何万も集まってやるようなことを一人でやろうというのだから当然だ。

 しかし精霊を従える、精霊に意思を伝えるということは誰にでもできることではない。

 それに比べて魔術は魔力さえあれば誰にでも使うことができるために、精霊術師よりは珍しくない。

 僕も面倒な問答を避けるためには魔導士を名乗っておいたほうがいいかもしれない。


「お兄さん」


 再び誰かが僕に話しかける。

 今度は女だ。

 15、6歳くらいのまだ少女といってもいい年齢の女だった。

 まるで昔王宮を抜け出して行った安い酒場の踊り子のように露出度の高い扇情的な衣装を身に付けている。

 惜しみなく晒された褐色の肌が疲れた僕の身体を少しだけざわつかせた。

 はっとするような美少女ではないが、愛嬌のある顔立ちをした女だな。

 だが僕の好みよりは少し幼い。

 あと5、6年したらいい女になりそうだ。

 こんな場所にこんな格好でいるということは、街娼かなにかだろうか。

 このくらいの年齢から街角に立ち、客をとる女も少なくない。


「お兄さんは魔導士なんだよね?」


「そうだ」


「私みたいな可愛い女の子に興味はない?美味しいご飯もあるよ?」


 小娘にはあまり食指が動かなかったが、美味しいご飯には大変興味があった。

 今一番興味があることと言っても過言ではないだろう。

 僕の感情に呼応するように、腹が鳴る。


「あはは、お兄さんお腹空いてるんだね。じゃあ来なよ」


 僕は少女に手を引かれ、路地のどんどん奥へと連れていかれたのだった。






「私はアイファっていうんだ。お兄さんは?」


「ロキ」


「へぇ、ロキっていうんだ。たぶん年上だと思うけど、呼び捨てでもいい?」


「好きに呼べ」


 僕は少女の質問に答えながら、ぼそぼそのパンみたいな食べ物を貪るように食らう。

 あまり美味くはないが、腹に入れても吐き気も腹痛も起こらないというだけで神の食べ物のように思えた。

 たまに喉につかえるパンもどきを水で流し込む。

 水が無くなれば精霊が自動的に器に注いでくれた。

 精霊が注いでくれる水はキンキンに冷えていて、先ほどアイファが注いでくれた温い水よりも美味い。


「すごい。こんな空気が乾燥した場所でも水が出せるなんて、ロキは凄腕の魔導士なんだ」


「乾燥した場所で水が出せると凄腕なのか?」


「あたりまえでしょ。ロキは魔導士なのにそんなことも知らないの?」


 まあ魔導士ではないからな。

 正直精霊術も誰かに習ったわけではないので精霊術師のこともよくは知らないが。

 

「変な魔導士だね。でも凄腕なのは間違いなさそう」


「凄腕だったらどうするんだ?」


「うちのチームに入ってもらおうと思って」


「チーム?」


 チーム分けして何をしているんだ。

 遊んでいるわけではないだろうしな。


「このスラムにはたくさんのチームがあるの。その中でもうちは最強のチームなんだ」


 スラムの縄張り争いの話か。

 この街は見るからに法の及ばないような場所が多い。

 そのような場所は力が全ての弱肉強食だ。

 15、6の娘が生きていこうと思ったら強い者の庇護を受けるしかないか。

 それがチームというやつなのか。

 しかしチームに入ることで僕に何かメリットがあるのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る