土日のパネル絵準備
体育祭の役職が決まった週の土日、さっそくパネル絵の制作がはじまった。パネル絵は各クラスが自分たちのテーマを絵に表現するもので、体育祭の当日席の後ろにでかでかと掲げられてそのクラスの体育祭への本気度が一目で全観客に知れ渡る。
体育祭ではいくつかの賞が用意されており、競技得点が高かったクラスに贈られる総合優勝、ダンスパフォーマンスで競う応援賞、そしてパネル絵の出来を評価する美術賞がある。総合優勝はもちろん他二つも生徒たちの目指すところであり、毎年どのクラスも手を抜かず本気でクオリティーの高いダンスと絵を仕上げてくる。
そして僕のクラスもパネル絵に相当真剣なようで、絵にペンキを塗る作業には動員されるだろうなと予想していたが、まさか一週目から呼び出されるとは思わなかった。
パネル絵制作はそれ用の係を用意しておらず、有志が時間を作って取り組むことになっている。
どうやら一回目から本番の絵を描くわけではなく、一度小さめの紙に描いてみてそれでうまくいけば、本番用の巨大パネルに描くようだ。
今日はそのお試し版の線画が出来たので、それに色を塗っていく作業のお手伝いとして呼び出された、ということがわかるまで——あまりクラスの主要メンバーとかかわらない僕には——十五分ほどかかった。
午前は部活で集まれない人——主に男子——もいるから、午後からの集合になっていた。
今日いるのは若干女子が多いだろうか。パネル絵制作とは関係なく衣装係の女子たちも集まっていて、それなりに人がいる。
そして前日にクラスLINEで呼び出された男子勢もまあまあいる。もちろん団長の佐々木もね。
「寺木もいたんだ」
「うん、部活終わり」
「俺も」
それだけ言って男の矜持のようなものを互いに確かめ合う。男子高校生にとって部活で忙しいというのは一種のステータスで、適切に相手にアピールしておかなければならないのだ。文化部はわからないが運動部はそうだ。
午前中の部活を終えて準備に参加せず帰った男子もちらほらいたようだが、それでは部活男子の特権を棒に振っていると言わざるを得ない。こうやって同級生に会って、部活終わりだということを主張して初めて己のプライドは満たされる。
佐々木と挨拶代わりのやり取りをしたのちクラスを見回したところ、三鍋と静岡はいなかった。
三鍋はまあ……あまりこういう面倒ごとに協力するタイプじゃない。静岡はどうなのかわからない。
パネル絵づくりの中心的な女子に促されて、数人の男子たちが外のピロティへ移動する。その流れで僕も一緒に移動する。
ピロティにはペンキの油くさい匂いが充満していた。
ビニールシートを敷いた上に一部分だけ色付けされた線画の大きな紙が載っている。お試し版は小さな紙にと聞いていたから画用紙一枚ぐらいの大きさを想像していたが、それをはるかに超えるサイズで、一辺が自分の身長より明らかに長い。
「でかっ!」
紙を見た男子が言う。
「本番のパネルはこの四倍くらいあるよー」
ペンキはけを片手に持った女子が陽気に教える。
「ほえー」
「これなんの絵?」
「シンバとお父さんが吠えてる絵」
そこには大きな雄ライオンと一匹の子供が崖の上で並び、雄叫びを上げている様子が描かれていた。
女子一人で作業していたところに男子数人が参加して、だらだら喋りながらペンキを塗った。
しばらくして立華がやってきて絵には目もくれずぶっきらぼうに声を発する。
「佐々木はー?」
「しらーん」
男子が生返事で答える。ペンキを塗っている女子は真顔で下を向いて立華を見ようとしない。
それだけ訊いて立華は帰っていった。
こういう作業事になると手の進まない人間はとことん進まないもので、参加した男子の半分くらいはイラストそっちのけで、花壇のふちに座って駄弁っている。
ああいう人たちにイラつく人もいるのかもしれないけど、僕はあまり気にならない。
そうこうして半分ぐらいまでペンキを塗ってさすがに疲れてきたので、いったん休憩する。ピロティとは反対側の食堂に自販機があるから、そこへお茶を買いに行く。
途中教室横を通るとなかで衣装係女子と部のユニフォームを着た男子たちでスマホを使った人狼ゲームをしていた。
自販機で緑茶を買ってピロティへ戻る。もう一度廊下から教室をのぞく。僕と仲のいい人はいない。
ピロティへ戻ろうとしたとき、後ろから話しかけられた。
「寺木くん!……佐々木君、みなかった?」
振り返ると立華とそのすぐ後ろに女友達の加藤がいた。立華は首を傾げて、一瞬目の前にリスがいるのかと思った。傾げたことで茶色の前髪が片眼に重なり、その奥のつぶらな瞳が甘えるようにじっと僕の眼を見つめる。
——女子に興味がない僕でさえかわいいと思った。
「あぁ……、みてないかな……」
僕と立華が話すことはあまりない。あまりないからこそ立華はいま可憐な乙女を演じているのだ。同じクラスなのに僕がどんな人間かよく知らないから、本来の姿でなくお姫様にめかしてこうやって話しかけている。自分から話しかけてきたくせに警戒しているわけだ。
「そっかー。寺木くんと佐々木君ってどっちが背高いの?」
「…………少し佐々木が高いかな」
「寺木くんも結構大きいよね。いくつあるの?」
「……百七十前半くらい」
へぇ~と言って、立華と後ろの加藤で互いに顔を合わせて納得しだす。
どういうことだ。
「寺木くんて佐々木君と仲いいよね?前の遠足も同じ班だったし!」
「まぁ」
新年度始まってすぐにあった遠足で僕と佐々木は同じ班だった。
「男子の中で佐々木君どんな感じなの?」
「……まぁ、いいやつだよね。それは二人のほうがよく知ってると思うけど」
そういうとまた二人で顔を向かい合わせてふふふっと小さく笑い出す。
僕にはこういう女子のテンポがいまいちよくわからない。
「佐々木君とかとさ、男子ってさ、どういう話するの?例えば好きな人いるかとかって話題になったりする?」
なるほど。そういうことか。
「……うーん。恋バナはそんなにしないかもね。佐々木に限らず男子だけだと。でも佐々木は好きな人いたっけ、どうだったかな」
ちょっと君らの話に付き合ってやろうじゃないか。
「え!佐々木君好きな人いるの!?」
「うーん……でもいそうだよね」
僕は笑って答える。
女子二人は再び顔を見合わせる。今回は緊張感のある顔つきで一瞬だけ向き合ってすぐこっちに顔を戻した。
「今度体育祭に向けて数人で話し合いたいんだけどさ、団長の家とかがいいかなーって思ってて」
「佐々木の家?」
「うん……」
攻めるね!このお姫様系女子は!
「そうなんだ」
「あ、で、佐々木君には言ってなくて、仲のいい寺木くんから伝えてくれないかなぁと思って……。あ、もちろん話し合いには寺木君も参加してほしいと思ってるから……」
僕は直感的に、自分が関わるべき世界線の話ではないと勘づいていた。しかしここでお姫様を前にして断る術を僕は知らない。僕は佐々木とは違うのだ。だから言ってしまった。
「……わかった」
女子が顔を見合わせて嬉しそうにする。
「でも佐々木が了解するかはわからないから、そこは期待しないでね」
そう付け加えたが二人はそんな僕の声が聞こえていないのか、キャピキャピとしながら笑顔でじゃあお願いね~とそれだけ告げて向こうへ行ってしまった。
めんどくさいことになったが、心の中では半分面白がる気持ちもある。佐々木がどういう反応するかも興味深い。
そう思いながらピロティへ戻ることにした。
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