サーヤのお正月

 大みそか修二は、理沙の実家の台所でお節料理づくりに没頭していた。12月29日の朝、理沙に連れられてきて大掃除から修二の年末は始まった。

 理沙の実家は、かるく300坪はあると思われる広い敷地に、10部屋以上あるお屋敷と言っていいような建物が建っている。その建物を通いの家政婦さんたちと一緒に大掃除をした。

 ピンクのカットソーに黒のミニスカート、そして「寒いから特別ね」といって理沙から渡されたニーハイソックスを履いて、一日中掃除をつづけた。

 掃除中も暖房が入った部屋でくつろいでいる理沙からお酒やおつまみの要望があるたびに、台所にもどり準備をして、理沙のもとへと届ける。

 部屋には会社の社長と副社長である理沙のご両親も一緒にいるので、いつもよりさらに緊張する。


 12月30日からは、家政婦さんたちは年末年始休みにはいり、修二一人で昨日の大掃除のつづきしつつ、黒豆を煮たり、数の子の塩抜きなど時間がかかるものからお節料理づくりを始めた。

 もちろんその作業中も、理沙たち家族3人分の3食のご飯づくりをして、ことあるごとに用事を頼まれ気の休まる暇もなく、一日が過ぎていった。


 そして迎えた大みそか。修二は朝早く起きると、冷え切った台所に立ち、お節づくりを始めた。がめ煮や田作りなど伝統的な料理から、ローストビーフや角煮など現代的なごちそうまで30品目を作って、漆塗りの三段重に詰めていく。

「サーヤ、お酒とおつまみ持ってきて。」

 リビングから理沙の声が聞こえてくる。徳利に日本酒を淹れ、ぬる燗の温度まで温める。つまみはさっきお昼ご飯を食べたばかりなので、軽いものが良いだろうと、軽くあぶったあたりめにマヨネーズを添え、チーズを海苔でまいて軽く温めたものにした。


「お待たせしました。」

 食材がいたむため冷えた台所にいた修二は、暖房の入った部屋にはいると心地よさを感じた。しかし、理沙とご両親がいるので、その心地よさよりも緊張の方が勝っている。

 理沙の父親のお猪口にお酒を注ぎでいる時、お尻を触られ始めたが動揺することなくお酒を注ぎ終えた。

 初日、同じようにお酒を注いでいるときに不意にお尻を触られお酒をこぼしてしまった時は、テーブルにこぼれたお酒をなめるという屈辱的なお仕置きを受けてしまった。

「理沙もいいお嫁さんをもらえてよかったな。」

 男である修二にとっては、誉め言葉かどうかわからない台詞を父親が口にした。

「便利だし、家政婦と違ってお金かからないし、いいアイデアだったでしょ。」

 理沙も酔っているのか、ご満悦な表情になっていた。


 年越しそばの片付けをして、すっかりぬるくなったお風呂に入った後、寝泊りをしている離れに戻りようやく一息つくことができたことには、年が明けていた。


 あくる日、修二は着るように言われていた着物に着替え、母屋にむかった。ちょうど起きてきた、理沙に会い挨拶をした。

「サーヤ、着物にあってるね。特注してよかった。サーヤも着物着れて嬉しいでしょ。」

 理沙は新年早々小悪魔のような笑みを浮かべ修二の着物姿をみている。確かに着物だが、特注でミニ丈になっている。着物のため、昨日まで履いていたニーハイソックスも履けず、寒い。

「着物作っていただき、ありがとうございます。お雑煮の準備しますね。」

「サーヤ、今年もよろしくね。」

 理沙は不敵な笑みを浮かべながら言った。


 新年のあいさつにくる取引先の方々に玄関先でひざまずいて、三つ指揃えて挨拶をする。

 冷えた床の冷気が、足から伝わって一層寒くなる。

 その後、お雑煮とお酒の準備をして、来客をもてなしホステス役をやり、お尻や胸を触られてもニッコリと笑顔を返す。

 そんなやり取りを数組繰り返したところで、夕方になっていた。


「さて、そろそろ来客も来ないし、始めるか。」

 おもむろに理沙の父親が立ち上がった。

「サーヤ、お父さんについて行って。」

 修二は理沙に命じられるままに、父親の後について部屋に入った。


 修二は洗面台で口を何回も濯いでいた。何回濯いでも、口の中に嫌な臭いと味が残っている。

「サーヤ、大変だったと思うけど、あなたを女性としてみてくれたってことだから、良いことだからね。よく頑張ったね。」 

 理沙が頭を撫でてくれて、思わず涙がこぼれてきた。

「今日は一緒に寝ようね。」

 今日は理沙に抱いてもらえると思うと、別の涙が流れてきた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る