幸せの形

 午前五時、修二はスマホのバイブの振動音で目を覚ます。アラームを使うと理沙を起こしてしまい怒られてしまう。

 すばやくスマホのバイブを止め、ピンクのネグリジェから部屋着に着替える。もともとウォークインクローゼットだったこの部屋には、壁に大きな鏡が取り付けられており、着替える時に男でも女でもない自分の姿を直視せざるを得ない。


 着替え終わった後は、軽くメイクをしてからトイレに向かう。そっと玄関のドアを開け、エントランスホールの来客用のトイレを利用するためにエレベータで1階に降りる。

 毎朝、エレベータを利用するたびに誰も乗ってこないことを祈る。今日は幸い誰とも会わずにトイレに到達できたが、一度同乗した男性がエレベータを降りながら、お尻を触られたことがあり、それ以来男性とエレベータに一緒に乗るのは抵抗がある。


 トイレをすませ再び玄関のドアをそっと開け、朝食づくりの準備に取り掛かる。ある程度準備ができたところでメイクを直し、理沙の目覚めを待つ。

 最初のころは不慣れなことも多く理沙の機嫌を損ね怒られることもあったが、最近は慣れてきた。怒られてお仕置きされるたびに、最初は屈辱感で涙を流すこともあったが、次第に自分の至らなさを反省するようになってきた。

 お仕置きが終わった後は、必ず理沙は頭をなでたり抱きしめたりして慰めてくれる。それがたまらない悦びを修二に与えてくれる。


「いってらっしゃいませ。」

 理沙を送り出した後、すばやく自分の朝食をすませ修二も出社の準備に取り掛かる。部屋着を脱ぎ、大きな襟で胸元のリボンがかわいい姫系のワンピースに着替える。女性でも20代後半では恥ずかしいと思えるワンピースを、男性の修二が着ることに恥ずかしさはあるが理沙の命令なので仕方ない。

 でも実際に着てみると、自分がかわいい女の子になったような錯覚に陥るので、かわいい服には魔力がある。


「今日はこの辺で終わっていいよ。」

 午後5時になり石橋さんから声を掛けられ、修二の一日の仕事を終えた。更衣室で制服から私服の姫系ワンピースに着替えて、再びフロアに戻る。

「お先に失礼させていただきます。」

 理沙と石橋さんに退社の挨拶をしてから、会社を出ることになっている。

「サーヤ、そのワンピースかわいいね。」

 年下の女子社員から声をかけられる。もちろん、かわいいのはワンピースであって、修二ではないことぐらいわかっている。

「ありがとうございます。」

 修二はお礼をいったが女子社員のさげすんだ表情を見ると、ピンクのワンピースを着ている自分が恥ずかしくなってくる。


 仕事が終わると、帰宅途中にスーパーにより夕ご飯の買い出しをする。買いだめは許されておらず、理沙が突然夕ご飯の内容をリクエストしてくることもあり、毎日買い物に行かないといけない。

 スーパーに入ると、男だとばれなくてもピンクのワンピースが周りから浮いて注目を浴びてしまう。おばちゃんたちの噂の的になりながら買い物を済ませていく。昨日は生姜焼きだったので、今日は魚にしようとおもいブリ大根をメインにして、副菜を考えながらスーパーの中をみてまわる。

 理沙が喜んでくれる献立を考える。悩みは多いが、楽しい時間でもある。後ろで聞こえがしに、修二のことを話しているおばちゃんたちの会話も気にならない。


 買い物を終え家に戻り、部屋着に着替えたあとは掃除を始める。100平米超の3LDKを隅から隅まで掃除していく。

 掃除を終え夕食づくりに取り掛かる。ブリ大根を煮ている間に、副菜の茶碗蒸しと白菜の柚子びたしをつくり、理沙の帰りを待った。

 午後7時を回ったところで、ドアが開く音がして理沙が帰ってきた。小走りで玄関に行き、理沙を出迎える。

「おかえりなさいませ。」

 修二の挨拶に返事を返すことなく、理沙は無言で鞄を修二に渡した。修二は理沙の後を追い、衣裳部屋として使っている部屋に入った。

 理沙が脱いだ服を修二に渡し、修二がクローゼットにかけていく。タイミングが悪いと怒られるので、理沙の動きをよく見ないといけないが、愛する主人の着替え姿を見て男して股間が熱くなってくる。以前それが理沙に見つかった時、股間を蹴り上げられたので、見つからないようにそっと抑える。


 理沙は着替えが終わると夕ご飯を食べ始めた。食卓に並べた、主菜と副菜を一口ずつ口に入れていく。出来が悪いと作り直しを言われるので、修二としては緊張する時間である。

 今日は一通り食べ終わって、無言で二口目を食べ始めた。褒められはしなかったが、二口目以降を食べ始めたことは一応の合格点をもらえたことで、修二は安堵の気持ちになった。


 理沙の食事が終わりお風呂に入っている間に、修二は理沙の残り物で自分の夕食を済ませた。理沙がお風呂から上がってくるのに合わせて、修二は風呂上がりのビールとおつまみを準備した。理沙はビールを飲みながら、海外ドラマを見始めた。

 修二もその間に片づけを終え、お風呂を手短に済ませる。体を拭きながら、脱衣場に置かれた下着と寝間着に着替える。理沙が修二がお風呂に入っている間に置かれたものだ。

 今日は真っ赤なブラジャーとショーツに、黒のスリップドレス。ピンクのネグリジェであれば、そのまま寝ても良いということだが、スリップドレスであれば夜の営みががある。

 お風呂を上がると、ドラマを見終わったのかリビングに理沙の姿はなく、修二も寝室へと向かう。


「失礼させていただきます。お休みなさいませ。」

 寝室の入り口付近に膝をつき、三つ指を揃えて就寝の挨拶で修二の一日がおわる。修二の寝室であるウォークインクローゼットに、お尻を抑えながら入る。最初は痛くてたまらなかったが、徐々にその痛みも悦びになりつつある。

 寝室の布団に入り寝ようとしたときに、スマホに実家からのメッセージが届いた。生パスタがお取り寄せギフトとしても好調なようで、工場のみんなにもボーナスが出せそうだという内容だった。

 実家も工場も順調なようで何よりだと思いながら、幸せな気分で眠りに落ちた。

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