新婚生活

 東条理沙は、午前5時玄関のドアが開く音で目を覚ました。サーヤが朝のトイレに行ったみたいだ。サーヤには家のトイレを使わずに、マンション1階のエントランスホールにある来客用のトイレを使うように言っている。

 一度バレないと思ったのかトイレを使い、2時間以上トイレの前で土下座させたのが堪えたみたいで、それ以来最上階にあるこの部屋から1階までトイレのたびに降りている。

 言いつけは守っているようだが、ドアを静かに開けるようにと言っていたのに守れなかったので、後でお仕置きすることにして、理沙はもう一度寝ることにした。


 午前6時、ベッドから起きて寝室のドアを開けリビングにはいった。

「理沙さん、おはようございます。」

 部屋着として渡しているピンクのカットソーと黒のミニスカートを着て、フリルいっぱいのエプロンを付けたサーヤが、朝ごはんづくりの手を止めて挨拶をしてきた。


──パッシン


 理沙は挨拶を返す代わりに、サーヤのほほをビンタした。

「朝、トイレ行くときドアは静かに開けなさいって教えたよね。うるさくて起きちゃったじゃない!」

「申し訳ございません。」

 サーヤは45度曲げる最敬礼のお辞儀で許しをえようとしてきた。もちろんそんな程度では許さない。

「今夜はお仕置きね。」

 理沙がそういうと、サーヤが怯えた目になった。その怯える目が好きだ。なるべく長く見ていたいので、あえて今すぐお仕置きせずに夜にすることにした。


 理沙はトイレや洗顔を済ませると、リビングのテーブルには朝食が並んでいた。

 理沙が席に座るとほぼ同じタイミングで、サーヤが焼きたてのトーストと淹れたてのコーヒーを持ってきた。ベストなタイミングに少し気分をよくする。

「スクランブルエッグ、火加減がいい感じで美味しいよ。」

 理沙が褒めると、サーヤが喜びの表情をみせた。アメとムチ、マインドコントロールにはその加減が重要だ。


「いってらっしゃいませ。」

 玄関で深々とお辞儀をするサーヤに見送られながら、理沙は家を出て出社した。

 同じ会社とはいえ、サーヤとは一緒には通勤しない。サーヤはこの後、自分の朝ごはんを食べた後、片付けをして徒歩で会社へと通勤する。


──パッシン


 昼下り、ハリセンの音がフロアに響いた。またサーヤがミスをして、石橋さんの怒りをかったみたいだ。

 石橋さんから説教を受け涙目になったサーヤは、いつものように給湯室に向かって行った。

 そして、私も頃合いを見計らっていつものように給湯室に向かう。そこで泣いているサーヤを慰める。

 フルタイム女装で男のプライド打ち砕いき、石橋さんの厳しい指導のあと、私が慰めることで私への忠誠心を育てる計画だった。

 その計画も予定通り進んでおり、どんなに酷い仕打ちを受けても、私に尽くしてくれるようになっている。


 長引いた会議も終わり帰宅した理沙を、定時であがったサーヤが玄関で迎え入れてくれた。

 衣装部屋として使っている部屋に入り、スーツを脱ぎ部屋着に着替える。脱いだスーツは、サーヤが受け取りハンガーにかけクローゼットに収納する。

「サーヤ、夕ご飯は何?」

 サーヤに服を渡しながら、夕ご飯のメニューを尋ねた。

「今日は、鶏肉と野菜の甘酢あんかけと、ほうれん草の白和え、きんぴらごぼうです。味噌汁は豆腐とわかめです。」

 その日の気分と会わないメニューだった場合、作り直しを命じることもあるが、今日はこってりしたものが食べたかったので、良しとすることにした。


 夕ご飯ができたところで、一品ずつ口に入れる。出来が悪いと怒られるので、サーヤの表情が緊張しているのがわかる。

 サーヤは週に1回の調理研修をつづけ、店舗で急な休みが出た場合応援にも行かせているので、料理の腕はお店で出せるレベルにはなっている。味についてはおおむね満足いくものだったので褒めても良かったが、早くも安どの表情に変わっていたサーヤの顔を見て気分が変わった。

「サーヤ、味はいいけど、いろどりというのを考えなさい。甘酢あんかけもきんぴらもどちらも茶色で華やかさがないでしょ。きんぴらをかぼちゃサラダなどにしたらもっと良かったのに。」

 予想外に怒られてサーヤの表情が暗くなった。

「まぁ、味はいいから合格にしておくから、反省文かきなさい。」

 サーヤはリビングのローテーブルで反省文を書き始めた。フローリングの床にクッションなどを使わず直接正座しながら、反省文を書いているサーヤの後ろ姿をみながら理沙は夕ご飯を食べすすめた。


 ちょうどご飯が食べ終わった頃、反省文を書き終えたサーヤが泣き出しそうな声で反省文を読み始めた。

「今後このようなことがないよう気を付けます。」

 反省文を読み終えたサーヤを理沙は抱きしめた。

「よくできたね。私もサーヤが早くいいお嫁さんになってほしいから、心を鬼にして怒ってるから、私もつらいのよ。そこのところわかってね。」

 半分は嘘だ。私の生活を支えるために早くいいお嫁さんにはなってほしいが、心は鬼にはしていないし、つらくはない。

 それでも、サーヤは言葉通り受け取り「ありがとうございます。」と泣いている。


「失礼させていただきます。」

 寝室の入り口近くで、スリップドレスを着ているサーヤが膝をつき三つ指をついて挨拶して、お尻をさすりながら寝室を出て行った。

 サーヤにはウォークインクローゼットをして作られた3畳ほどの部屋を、寝室として与えている。

 クイーンサイズのベッドで、理沙は今日の一日に満足しながら眠りにつく。朝起きれば朝ご飯ができており、帰ってくれば夕ご飯がある。掃除も洗濯もしなくてよく、仕事に専念できる。サーヤの実家の工場も順調のようだし、良い感じで世界がまわっている。

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