夏服
修二が本社勤務になって1週間が過ぎた。修二の一日は、理沙への挨拶とお茶出しから始まる。
「おはようございます。お役に立てるよう頑張りますので、よろしくお願いします。」
「今日は暑いから、アイスコーヒーね。」
深々とお辞儀をする修二をみて、満足そうな笑顔を浮かべ理沙は希望のドリンクを告げる。
修二は給湯室に行き、昨日のうちに仕込んでおいた水出しのアイスコーヒーを、冷蔵庫から取り出しグラスに注いだ。
理沙にアイスコーヒーを出し終わった後、石橋さんが出社してきたので、石橋さんにも挨拶をする。
「おはようございます。今日も女の子になれるようご指導お願いします。」
修二は理沙の時と同様深々とお辞儀をした。
「サーヤ、挨拶のお辞儀は30度。深すぎても
石橋さんは言い終わると同時に、ハリセンで修二のお尻を叩いた。パシン、という音がフロア中に響き、嘲笑う声が聞こえてくる。本社勤務になって、石橋さんは厳しさを増した。叩く道具もピコピコハンマーからハリセンにかわり、細かいところまで注意を受けるようになった。
二人きりだった工場の事務室とは違い、20人近くいるフロア内で叱責をうけると恥ずかしさがこみあげてくる。
「コーヒーお持ちしますね。」
とりあえずその場を離れたかったので、給湯室に向かった。薬缶に水を淹れお湯を沸かし始めた時、理沙が姿を現した。
「サーヤ、また石橋さんに怒られたようね。」
「至らなくてすみません。」
「サーヤが素敵な女の子になれるように、石橋さんも心を鬼にして怒っているから、そこのところはわかってね。」
理沙は修二の頭をなでながら、慰めてくれた。修二が石橋さんに怒られると、慰めてくれる。
お昼過ぎ、オフィスに届いた理沙宛ての宅急便を、修二が受け取り理沙のデスクに届けた。理沙は送り主を確認したのち、段ボールを再び修二に戻した。
「サーヤ、そろそろ暑いでしょ。夏服買ってあげたから、着替えてきて。」
着替えるため更衣室に入った修二は、段ボールを制服をとりだす。水色の半袖のブラウスと、フレアスカートが入っていた。着替えてみると、スカートの丈が今までより短い。
あんまり待たせると理沙の機嫌が悪くなりそうなので、ミニ丈のスカートに抵抗はあるものの更衣室を出ることにした。
「夏らしくていいでしょ。気に入った?タイトもいいけど、フレアもいいね。」
「こんなにかわいい制服、ありがとうございました。」
修二は心にもないお礼をいい、頭を下げた。そのときお尻をなでられる感触があった。ふりむくと、店舗開発部長である世良部長が笑いながらお尻を触っていた。50を過ぎた脂ぎった丸い顔はニヤついた笑顔を見せている。
「俺はプリーツスカートの方がいいけどな。」
「なんならセーラー服にしましょうか?」
「それもいいな。」
世良部長はお尻を触りながら、理沙と楽しそうに話している。もちろん嫌だが、親会社の部長には抗ることもできず、じっと耐えるしかない。情けない自分に涙が出てくる。
「世良部長、お電話です。」
世良部長あてに電話がかかってきて、ようやく世良部長から解放された修二は、涙でにじんだメイクを直すためにトイレ行った。メイクを直したあと、ついでに用も済ませようと個室に入ったとき、他の誰かが入ってくる音が聞こえた。
「サーヤ、世良部長にお尻触られて喜んでいたな。」
「まぁ、男相手だからセクハラにはならないから、部長もサーヤがきて喜んでいるみたいだしな。」
「俺も今度してみようかな。」
「会議室に連れこんで、押し倒してみるか。」
「女の子になるために、教育しないとな。」
二人は笑いながら、トイレから出て行った。男だった時には気にならなかった男の危なさに怯えてしまう。
翌日、休日をゆっくりとすごしていた修二のもとに、理沙からのメッセージがとどいた。急なデートのお誘いだった。13時に来るようにと書いてあり、あと1時間しかない。
メールで指定された、ピンクのブラウスと白のプリーツスカートに着替えて、修二はあわてて家を出た。
約束の5分前に待ち合わせの場所に着くと、めずらしく先に理沙が着ていた。
「サーヤ、遅かったね。」
「お待たせして、すみませんでした。」
いきなり呼び出され、約束の5分前に着いたにも関わらず謝らなければいけない立場にいることに屈辱を感じる。
「まあ、今回は許してあげる。ところでサーヤ、そろそろ髪も伸びてきたでしょ。」
女の子になって以来髪を伸ばし始めて、後ろ髪が肩に着くぐらいには伸びてきた。
「私のいきつけの美容室予約しておいたから、行くわよ。」
いつもどおり理沙の三歩後ろをついて歩き、数分歩いたところにあるビルの2階にある美容室にはいった。
「いらっしゃいませ。」
お店のドアを開けるとスタッフからあいさつされた。理沙が修二に受付に行くように促した。
「ご予約のお名前を伺ってもよいですか?」
「佐野です。」
「すみません、下の名前もいただいていいですか?」
「佐野修二です。」
声だけでもおそらく男と気づかれたが、女装した状態でフルネームで名乗ることにすごく恥ずかしさがある。消え入りそうな声で話す修二を、理沙は嬉しそうにみている。
修二が席に案内されると、理沙は買い物してくると言って美容室から出て行った。
「担当します、遠山です。東条様から聞いています。男だけど、女の子に見えるようにしてほしいって。」
理沙の担当でもある遠山さんが修二の担当でもあるみたいだ。どんなイメージと聞かれたが、修二はよくわからないのでお任せにすることにした。
「どうして、女の子になろうと思ったですか?」
カットしながら、遠山さんが尋ねてきた。いつも通りトランスジェンダーという設定で乗り切ることにした。
「昔から女の子になりたかったけど、勇気がなくて。」
「嘘つかなくても大丈夫ですよ、東条様から全部聞いてますので。でも、会社のためとはいえ、普通女の子になります?やっぱりもともと、女の子になりたいんじゃなかったんですか?」
その後も、「下着も女性ものなんですか?ブラもしてるんですね」「トイレとかどうしてるんですか?」と口調は丁寧なものの、修二が恥ずかしくなるような言葉を次々にかけられた。
「どうですか?少しは女の子っぽくなったと思います。」
ショートカットだが、軽くパーマをかけ色も染めたことで、男っぽさがきえかなり女性っぽくなっている自分の姿が鏡に映っていた。思わずみとれてしまう。
「サーヤ、かわいくなったじゃない。」
いつの間にか戻ってた理沙から声をかけられた。理沙から「かわいい」と言われると、照れてしまう。
最初は敵のように感じた理沙だったが、最近は理沙のことが好きになってきた。
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