本社勤務
5月の連休も終わり、修二が女の子になって2ヶ月弱が経とうとしていた。ようやくメイクも慣れてきた。最初のころはメイクした自分の姿を鏡で確認するのも嫌だったが、最近ではメイクの仕上がりが気になるし、なにより男から女に変わった自分の顔を見たいので、むしろ鏡を見たいと思ってしまう。
「おはようございます。」
事務室に入ってきた石橋さんは髪を切っていた。20㎝以上バッサリ切って、ショートボブになりパーマーもかけていた。
「髪切ったんですね。」
「そろそろ暑くなってくるからね。」
朝の挨拶を終えて、修二は仕事に取り掛かろうとした。
──ピコッ
頭をピコピコハンマーでたたかれた。
「女の子が髪を切ったら、『似合ってるね』とか『かわいい』とか褒めるの。わかった?」
修二が女性らしい仕草が身についてきて叩かれる頻度が減ってきたのと思ったら、最近は会話の内容までチェックが入るようになってきた。
終業のチャイムが鳴り、修二がパソコンの電源を落とした。
「石橋さん、お疲れ様でした。」
修二が石橋さんに声をかけると、石橋さんは荷物をまとめていた。いくつかのファイルを段ボールに入れ、いつも使っている文房具関連もしまい始めた。
「どうしました?」
修二が尋ねると、
「だいたい必要な作業は終わりましたので、明日から本社に戻ります。」
石橋さんのピコピコハンマーに怯え、一緒にいると気が抜けないので、それから解放されるかと思うと修二はホッとした。
「佐野さんも、明日から本社の方に出勤してください。出向という形で、本社の仕事手伝ってもらいます。」
「ここの事務作業はどうするの?」
「副社長がされるって、社長が言ってましたよ。」
修二が大学卒業後に引き継ぐまでは、副社長である母が経理など事務作業をしていた。多分できるんだろうけど、本社勤務という突然の発表に困惑した。
その日の晩、修二の作った夕ご飯を食べながら、本社出向の話を父親に聞いた。
「向こうも人手不足みたいで、本部長から修二を貸してほしいって言われたから、そうなった。言うのを忘れていた。すまん。」
「貸してほしいって、モノじゃないんだから。」
「まあいいじゃないか、修二の人件費ももらえてうちの工場の収入になるし。それにしても、この筑前煮うまいな。」
父は嬉しそうに修二の作った筑前煮を美味しそうにほおばっている。
「お母さんも、経理とかできるの?」
「昔やってたから、多分大丈夫でしょ。わからなかったら、聞くからよろしくね。それより、本社で本部長に失礼ないようにね。この卵焼きも、ふんわりしていておいしい。」
調理研修をうけ、家でも料理を作り続けていくうちに、修二の料理の腕も上がってきた。自分が作った料理を、美味しそうに食べてもらえると嬉しかったが、明日からの本社勤務を思うと憂鬱であった。
翌日、修二は本社に出勤して、更衣室で制服に着替えた後朝礼に参加していた。
「おはようございます。」
本部長の理沙の挨拶で朝礼が始まった。昨日の売上や今日の予定など報告されたあと、修二が前に呼ばれた。
「今日からこちらで働いてもらえることになった、佐野製麺の佐野さんです。総務と経理担当で、石橋さんの補助をしてもらいます。」
「佐野修二です。よろしくお願いします。」
修二が挨拶すると、あちらこちらから笑い声と「オカマかよ。」という声が聞こえてくる。
「皆さん、佐野さんは見ての通り、男ですが女性の格好をしています。LGBTQへの理解が求められている昨今、当社も理解を示し多様性を受け入れるということで、本人の希望を受け入れました。」
スカート履いているのは本人の希望ではないが、この前の調理研修でもあったようにそっちのほうが、理解してもらいやすい。
「本部長のご厚意で、女の子になれて嬉しいです。」
修二は話を合わせることにした。
「サーヤって呼んでほしいみたいだから、みんなサーヤって呼んであげてね。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます