調理研修

「あれ、絶対男だよね。」

「キモイ~」

 修二は東条グループ本社に向かうための電車の中、後ろから聞こえてくる女子高生の会話が気になっていた。混雑する社内の中、移動して逃げ出すこともできず、下を向いて恥ずかしさに耐えることしかできない。

 制服ではダメと言われていたので、今日の修二はいつもの制服ではなく、ピンクのブラウスにグレーのミニスカートを着ている。いずれも先週の買い物で理沙に買ってもらったものを着ている。

 調理研修のためメイクも抑えめにしていることに加えて、ミニスカートだと体毛を処理していても筋肉質の足が見えていることで男ばれしやすくなっている。


 ようやく駅について、本社に向けて歩き始めた。地図によると歩いて10分程みたいだ。

 風が吹くとミニスカートがめくれて、下着を見られないか不安になる。駅の階段を上がるときも下から見えていないか気になったし、ミニスカートだとすごく心もとない。

 

 気疲れしながらようやく本社にたどり着き、

受付にあった内線電話で理沙を呼び出した。数分後、紙袋をもった理沙が姿を現した。

「本部長、おはようございます。」

「サーヤ、おはよう。ミニスカートかわいいね。」

 修二がお辞儀して挨拶した後、修二の姿を見た理沙が小悪魔のような笑顔で挨拶を返してきた。

「こんなにかわいい服、ありがとうございます。」

 理沙の機嫌を取るために、心にもないことを言うことにも慣れてきた。

「これ、研修用のコックコートとエプロンね。3階に更衣室があるから着替えて、その横の調理室で待っててね。」

 

 理沙と別れたのち、3階に上がり男子更衣室に入り着替え始める。上着を脱いでコックスーツを着る。それにピンクのエプロンを付けたところで、男性が更衣室にはいってきた。

「ここ、男子更衣室だよね。」

 一度外に出て、部屋の表札を確認しなおして男性が話しかけた。

「すみません、こんな格好ですけど男です。」

 男性相手に男ばれすると、女性にばれるのとは違った恥ずかしさがある。いたたまれなくなった修二は急いで更衣室から出ることにした。


 調理室のドアに席順が書かれた紙が貼っており、今日は修二を含めて5人で研修のようだ。名前からすると、修二も含めて男2人と女3人のようだ。

 席に座って研修が始まるのを待っている間、男の名前の席に、女の格好をした人が座っていることを不審がられて、みんながチラチラと修二の方を見ている。

 9時になり研修の講師らしきコックスーツの中年女性と、理沙が調理室に入ってきた。

「みなさん、おはようございます。調理研修を始める前に、事業本部長より挨拶があります。」

 先生に紹介された理沙が壇上に登り、挨拶をはじめた。

「みなさん、おはようございます。東条グループでは他の外食チェーンとの差別化のため、店内調理を重視しています。この研修でしっかりと学んで、現場で生かしてください。あと、この研修には関連会社の方も参加しています。佐野さん、挨拶してください。」

「佐野製麺の佐野修二です。よろしくお願いします。」

 修二のことが女装したを男とわかると、調理室のあちらこちらでクスクスと笑い声があがった。

「本部長ありがとうございました。では早速ですが、研修に入ります。」

 修二が女装している理由を知らされないまま、研修が始まった。


「まずは野菜の切り方からです。」

 大根の桂剥きや人参の乱切りなど、基本的な野菜の切り方から研修が始まった。

「佐野さん、乱切りは大きさを均一にしないと火の通り方にムラが出るでしょ。」

 まだ包丁使いのおぼつかない修二は、講師の先生から注意をされた。他の社員を見てみると、あきらかに修二より上手にできている。

 野菜も切り終わり、筑前煮と味噌汁の調理に取り掛かった。テキストに書いてある通りに、鍋に野菜と調味料を入れていく。

「佐野さん、調味料は書いてある順番に入れてください。」

「味噌汁にお味噌を入れた後は、沸騰させない。」

 ミスを次々に指摘される修二の様子をみて、他の社員から笑い声が聞こえてくる。先月まで包丁を握ったこともない修二と、外食産業に就職してくる社員との間には大きな差があった。


 料理が完成したところで、昼食を兼ねて自分が作った料理を食べることになった。修二も自分で作ったものを口に入れるが、あまり美味しくない。

「佐野さん、これも食べてみて。」

 講師の先生が見本で作った料理を修二に持ってきた。修二が食べてみると、同じ材料、同じ調味料で作ったと思えない味の差があった。

「佐野さん、料理で一番大切なものって何だと思う?」

「技術ですか?」

「技術も大事だけど、一番大事なのは食べる人を思う心よ。皆さんもそのことはお店で働くようになっても覚えていてください。」

 食べる人のことを思う、修二は近い将来料理を作ることになる理沙のことを思い出した。美味しい料理を作れば、理沙も満足してくれるだろうか。


 料理も半分くらい食べ終えた時、隣の席の小野文香と名乗った女性が話しかけてきた。

「佐野さんって、男なのにどうしてスカート履いてるんですか?」

 理沙に言われて無理やり履かされているとはいえず、どう言おうかと口ごもっていると、

「トランスジェンダーってやつですか?」

「そうなの。昔から女の子になりたかったけど、勇気なくて。子会社になったのを機に、女性として働きたいって本部長に相談したの。」

 勝手に結論を出してくれたようだ。実際は違うが、そうということで話を合わせることにした。

「そうだよね。男でスカート履いてたら変態だけど、トランスジェンダーなら仕方ないよね。女の子同士仲良くしようね。」

「ありがとう。」

「そのスカート可愛いね。どこで買ったの?」

 修二のことをトランスジェンダーと思い込んで笑顔で話しかけてくる小野さんをみてると、嘘をついていることが修二の心を痛めた。

 男でスカート履いてたら変態。女性はパンツとスカート両方選べるのに、男はスカートを選べない。その不公平感を感じながら、修二は残りの料理を食べ続けた。


 

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