初デート

 修二が女の子になって1週間が過ぎ、お風呂上がりのスキンケアや朝のメイクなど、今までになかった習慣にも少しずつ慣れてきた。

 今日の朝メイクを終えた修二は、いつものように母にチェックしてもらった。

「ファンデーション少しムラがあるけど、まぁ、いいんじゃない。」

 毎晩メイク動画をみながら練習した成果がでて、一応の及第点をもらうことができて少し明るい気分で家を出た。


「佐野さん、ここの数字だけど、教えてもらっていいですか?」

 今日も石橋さんは子会社化に向けた手続きで、佐野製麺の帳簿をチェックしており、時折疑問点を修二に聞いてくる。石橋さんの質問に答えるため、修二が石橋さんの方を向いたとき、手が当たり机の上に置いていたボールペンが落ちた。

 物を拾う時、男の時のように手だけ伸ばしてお尻をあげてとってはいけない。以前そのようにしたとき、石橋さんから思いっきりお尻を叩かれてしまった。

 修二はその時教えてもらったように、ボールペンの真横に立ち左手でスカートを抑えつつ、しゃがみこんでボールペンを拾い上げた。

「今の拾い方いいですね。ちゃんと教えたこと守ってますね。」

 その様子をみていた、石橋さんから褒められた。普段厳しい石橋さんから褒められると、嬉しさがこみあげてくる。


 その日の午後、事務室のドアがノックされドアが開いた。

「サーヤ、こんにちは。」

「本部長、お疲れ様です。」

 突然の理沙の訪問に驚きつつも、修二は席を立ってお辞儀しながら挨拶をした。

「お辞儀の仕方もメイクもだいぶん女の子らしくなって、石橋さんの教育のおかげかしら。」

「いえいえ、まだまだですよ。部長のお嫁さんにふさわしくなるよう、これからも厳しく躾けていきますのでお任せ下さい。」

 石橋さんが謙遜しながら答えた。それから、上司と部下というより女友達と言った感じで話し始め、作業の進展具合などを話し合っていた。


「じゃ、私はこのあと生産部長と会議室にいるから、サーヤ後でコーヒーお願いね。」

 そう言い残して、理沙は事務室から出ていったあと、修二は給湯室でコーヒーを淹れ会議室に向かった。

 会議室のドアをノックして、中に入る。生産部長である兄が、試作品の生パスタをテーブルの上において、商品の説明をしていた。

「コーヒーをお持ちしました。」

 修二は、本部長と兄のそばにコーヒーの入ったカップを置いた。

「サーヤ、私はコーヒーはミルクだけで、紅茶の時はストレートだから覚えておいてね。」

 理沙は、コーヒーカップに添えてあったスティックシュガーを修二に返した。

「野菜の生パスタいい感じですね。このあと持ち帰ってレストラン部門のスタッフに試食してもらいますが、あと他にはどんな野菜ができそうですか?」

 理沙が仕事の話を始めたので、修二は会議室から出ようとした。思い出したかのように、理沙が修二を呼び止めた。

「サーヤ、明日デートだからね。11時に駅前ね。」

 理沙は修二の予定を聞くこともなく、デートの予定を伝えた。


 翌日家族の朝ごはんを作り終えた修二はデートの準備に取り掛かった。先週初めて着たピンクのスカートと白のフリルブラウスに着替え、いつも以上に丁寧にメイクをする。

 姿見で自分の姿を確認してみる。明らかに女装した男だった先週よりは、少しはましな感じになっていた。先週は恥ずかしさで下を向いて猫背気味だったのがいけなかったみたいで、逆に胸を張って肩甲骨を寄せた方が肩幅が小さく見え、女っぽく見える。


「それじゃ、本部長様に粗相のないように。」

 父をはじめ家族みんなに見送られ、修二は家を出た。今まで会社との行き帰りは車を使っていたが、今日は電車に乗るために歩いて駅に向かっている。女装した状態を家族や工場スタッフ以外の人に、見られるのは初めてなので緊張する。


 あんまり恥ずかしがると不自然に見えて逆に注目されるので、できる限り自然にと自分に言い聞かせる。

 しかしピンクのスカートに白のブラウスのコーデは、男ならかわいい女の子とおもって観てしまうし、女性は女性で他と違う浮いたですれ違う人の注目を集めてしまう。


 そんな視線を避けるために足早に駅にたどり着き、電車に乗り込んだ。

 すれ違って一瞬しかみられない駅までの途中と違い、電車の中はじっと観察されてしまうことに、電車に乗ってから気づいた。

 修二が男であることに気づいた近くの女子高生が、ひそひそと修二のことを話しているのが聞こえてくる。逃げ出したい気持ちだったが、逃げ場のない車内では窓の方を向いて、じっと耐えるしかなかった。目的の駅まで着く15分が永遠のように感じられた。


 そんな恥ずかしさに耐え駅にたどり着いた。約束の15分前なので、まだ理沙の姿はない。わかりやすい場所だと道行く人から見られて恥ずかしい、でもわかりにくい場所だと理沙が見つけられず怒りを買ってしまう、どこで待ってようか逡巡重ねた結果、下を向いていればばれにくいと考え柱の陰に隠れながらスマホを見ていることにした。


 約束の時間より10分遅れて、理沙はやってきた。

「お待たせ。先週よりはかわいくなったね。」

「お褒めの言葉ありがとうございます。また今日はデートにお誘い、いただきありがとうございます。」

 遅刻したことを詫びる様子もない理沙に、逆に修二の方が頭を下げた。家族や工場のスタッフの将来がかかっていると思うと、理沙の機嫌を損ねるわけにはいかない。

「さぁ、行きましょ。3歩下がってついてきてね。」

 そういうと、無言のまま理沙は自分のカバンを修二の方に差し出した。修二はそのかばんを受け取り、手ぶらで足取りの軽くなった理沙の3歩後ろからついていった。

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