女性の苦労

「私はこのあと生産部長と話してから帰るから、石橋さんよろしくね。」

「わかりました。」

 理沙は生産部長である兄の圭一と部屋を出て行った。事務室に石橋さんと二人になった。女性である石橋さんはパンツスーツであるのに対して、男性の自分がスカートを履いていると思うと、より恥ずかしさが増してくる。


「早速、前期の決算書見せてもらってもいいですか?」

「はい、ちょっとお待ちください。」

 石橋さんはあきらかに修二より年下だが、親会社の社員ということで修二は敬語を使った。それがより一層みじめな感情を抱かせる。

 キャビネットから決算書の入ったファイルを取り出し石橋さんに渡した。修二も自分の仕事をするために、デスクの椅子に腰かけた。


──ピコ!


 その瞬間、ピコという音ともに頭をたたれた。叩かれた方をみると、石橋さんがおもちゃのピコピコハンマーを持っていた。石橋さんに叩かれるシチュエーションが理解できないまま唖然としていると、

「椅子に座るときは、スカートがしわにならないように手を当てて座ってください。伝え忘れましたが、本部長より佐野さんの教育もするように言われています。」

「教育って?」

思わず敬語を忘れて聞き返した。

「もちろん、素敵な女性になって本部長にふさわしいお嫁さんになるためのです。本部長も佐野さんに女性としての自覚が足りないようなら、夜の街に研修に行ってもらうと言っていましたよ。」

「夜の街って、キャバクラとか?」

「詳しいことは分かりませんが、ニューハーフヘルスの求人調べてましたよ。行きたくないなら、気を付けてください。」


 修二はその後も、座っているときに足が開いたり、しゃがむときにパンツが見えたりなど、ことあるごとにピコピコハンマーでたたかれ続けた。

 男の時は気を遣うことはなかったことも、スカートだと気を付けることがおおい。女性の苦労が身にしみる。

 また、タイトスカートだと動きが制限され、胸元の大きなリボンはデスクワークしているときに視界に入り、常に自分が女性の服を着ていることを実感させられる。この制服をきめた理沙の意図を感じた。


 12時になり、お昼休憩を知らせるチャイムが鳴った。

「佐野さん、このあたりでお昼ご飯食べられる場所ってあります?」

「車で5分ぐらいのところにコンビニはありますけど、工場の2階に食堂があって、そこでうどんとかラーメンとか簡単なものなら食べられますけど。」

「じゃあ、そこにしようかな?佐野さん、案内してくれる。」

 修二はスカートを履いているのをあまり見られたくないので、昼ごはんの時間をずらして食堂に行こうと思っていたが、一緒にピーク時の食堂に行くことになってしまった。


 事務室をでて、隣接する工場の2階にあがる。昼休み開始直後とあって、混雑している。修二が食堂の中に入ると、一斉に食堂にいたスタッフの視線が修二の方に向いたのがわかる。

 食券を買うために並んでいる間も、スタッフたちのひそひそ話が耳に入る。いたたまれない気持ちの中、食券を買いうどんをうけとり席に座った。

 修二はいつもは肉うどんにしているが女の子っぽくないと石橋さんに怒られそうなので、女性スタッフが良く食べているきつねうどんにした。そんな修二の思いと裏腹に、石橋さんは肉うどんを選んでいた。

 

 気持ちを取り直して、修二はうどんをすすった。女性らしく麺を2,3本ずつ少しずつ口に入れる。修二にとっては、慣れ親しんだ味で安心感がある。

 石橋さんも修二に続きうどんをすすった後、驚いた表情にかわった。

「意外といっては失礼ですが、美味しいですね。スープは業務用ですが、麺が適度なコシと弾力で美味しいです。」

「一応これでも飲食店に卸しているんで、専門店並みと思っています。」

 自社の商品を褒められたことで、修二は嬉しい気持ちになった。

「この工場を子会社にするのは本部長の私的な理由かと思ったけど、それ以外の理由もあるみたいですね。」

 石橋さんはうどんを満足そうな表情で完食した。


 昼休憩後も石橋さんに再三怒られながら、仕事を終えた。終業のチャイムが嬉しく感じる。

「石橋さん、お疲れさまでした。」

「それじゃ、明日もよろしくお願いします。」

 石橋さんを見送った後、修二も家に帰ることにした。帰宅後、いつもならお風呂に入って夕ご飯ができるまでテレビでもみながら過ごしていたが、今日からは母の夕飯づくりを手伝うことになっている。

 制服から部屋着に着替えたのち、母のとなりで野菜を刻み始めた。

「野菜の大きさを揃えて切らないと、火の通り方にムラが出るでしょ。」

 ぎこちなく包丁をつかう修二に、母からの注意がはいる。煮物を煮ている間に他の料理を作ったりと、手際よくすすめていくには頭も使う。

 料理が完成するころには、仕事と夕ご飯づくりの疲れで修二はぐったりと疲れ切ってしまった。工場の女性スタッフも家に帰れば、同じように夕飯を作っているとおもうと、その大変さを思い知った。

 


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