初出勤

 月曜日の朝、食事をすませた修二は自室に戻り出勤のために着替えをはじめた。先週まではスーツだったが、そのスーツも今日の朝ごみに捨てられた。スーツだけではなく、いままで着ていた男物の服は全部ごみに捨てられ、クローゼットに入っているのは理沙から渡された女物の服だけだ。


 修二はクローゼットの中から、理沙から指定されている出勤用の服を取り出した。黒のタイトスカートとピンクのブラウス、黒のベスト、それに青色のリボン。銀行の受付などでよくみる事務員らしい制服と言えば制服だが、いざ自分が着るとなると抵抗がある。

 とは言え躊躇しているほど余裕はないので、覚悟を決めて着替え始めた。着替え終わったのち、メイクに取りかかった。昨日母に習ったようにメイクしてみるが、上手くいかない。上手くいかないのはわかっているが、どう直せばいいかわからない。

 仕方なくリビングに行って、母にメイクを直してもらった。

「眉毛が左右違うし、チークは濃すぎだ。」

 母にメイクの間違いを指摘されながら直してもらうにつれ、少しずつ男っぽさが消え女性らしくなっていく。

「メイクすると、さすがに女っぽくなるな。」

 リビングに入ってきた父親が物珍しそうにメイクされている修二をみている。

「会社の未来がかかっているから、修二も早くメイク覚えろよ。」

 兄はそういうが、一朝一夕にはできそうもない。世の中の女性は毎朝メイクして出勤しているかと思うと、頭が下がる思いになる。


 メイクも終わり身支度が整ったところで、修二は車に乗り会社に向かい始めた。通勤が電車やバスなどの公共交通機関でなくてよかったと思う。工場のスタッフには仕方ないが、まだ見知らぬ人に自分の姿をみせる自信はない。

 女装した状態で事故や違反で捕まると面倒になりそうなので、慎重に安全運転で車で10分ほどの工場に向かって車を走らせた。

 いつもより時間をかけて工場の駐車場に着くと、見知らぬ高級車が停まっていた。こんな高級車を買えるスタッフには工場にはいないはずと訝しく思いながら、工場内の事務室に入ると理沙がいた。

 理沙は先に出勤していた父親と談笑していた。

「本部長、おはようございます。」

 修二は挨拶したのち事務室に入った。

「佐野君、おはよ。家族だけの時は、『理沙さん』でいいよ。私も佐野君じゃなくて、どうしようかな?『修二』って呼び捨てにするのもかわいくないし、佐野サヤだから『サーヤ』にしておこうか?」

「理沙さん、素敵な名前を考えていただき、ありがとうございます。」

 「理沙さん」に対して、「サーヤ」と呼び何も格差を感じるが仕方ない。家族や工場スタッフのためにも、今は理沙の機嫌を損ねるわけにはいかない。

「サーヤ、女の子は慣れた?その制服可愛いでしょ。私が選んだのよ。」

「まだ慣れないですが、理沙さんにふさわしいお嫁さんになれるよう頑張っていきます。かわいい制服ありがとうございます。」

 顔を真っ赤にしながら答えた修二の返事に満足したのか、理沙は微笑んだ。


 9時になりいつもは工場を始業する時間だが、今日は全社員集めての朝礼が行われた。まず社長である父親が話し始めた。

「皆様、おはようございます。わが社は存続と皆様の雇用を守るために、東条グループの傘下に入り、子会社となることになりました。つきましては、東条グループ事業本部長の東条理沙様よりご説明していただきます。」

 子会社化ということで、工場スタッフに動揺がはしった。

「ただいま紹介にあずかりました東条理沙です。子会社化により、皆様の雇用はこれまで通り継続しますし、東条グループの飲食店での社員割引や提携宿泊先での優待料金など東条グループ社員と同じ福利厚生がご利用いただけます。年に一回の1週間長期休暇も導入されます。安心してこれからも働いてください。」

 理沙のあいさつで、子会社化によりむしろ待遇が良くなることがわかると、歓喜の声があがり、拍手が起こった。

「つづいて東条グループとして、他の企業と同様LGBTQへ配慮しています。社長の息子である、佐野修二さんも性と心の問題に悩んでいましたが、子会社化を機に本当の自分になりたいということで、今日から女性社員として働くことになりました。では一言どうぞ。」

 自分から女性になるとは望んではいないが、修二が女子制服で働くことを社員に説明するために、こういうことにしておこうと朝礼が始まる前に理沙が修二に言っていた。

「LGBTQに理解のある東条様のおかげで、今日から女の子として働かさせていただきます。皆様よろしくお願いします。」

 恥ずかしさで逃げ出したくなる中、修二は挨拶を終えた。


 朝礼が終わりスタッフは早速作業にとりかかり、修二たちも事務室に戻ることにした。廊下を歩いている途中、修二のお尻をなでられる感触があった。

「ひぃ!」

 突然ことで、修二は思わず悲鳴を上げてしまった。

「サーヤ、女の子らしくしなさい。それに愛するご主人様のスキンシップに悲鳴を上げるってどういうこと!」

 理沙はむっとした表情になった。

「申し訳ございません。私のお尻触っていただき、ありがとうございました。」

「わかれば、よろしい。」

 理沙は満足そうな表情になった。再開してまで2日間だが、修二は完全に理沙の支配下に置かれてしまった。


 事務室のまえに、見知らぬ女性が一人立っていた。

「石橋さん、おはよう。早かったね。」

「東条さん、おはようございます。佐野君、紹介するね、こちら石橋さん。うちの会社の経理担当なの。」

「初めまして、石橋佳代子です。子会社化に向けての手続きにきました。」

「そんなわけで、しばらくこちらで一緒に働くことになるからよろしくね。」

「佐野修二です。よろしくお願いします。」

 修二が挨拶すると、理沙と同様の石橋さんもさげすんだ視線で修二をみた。

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