初めての女装

 母に連れられて修二は更衣室に入った。紙袋の中から着替えるべき服を取り出した。白のフリルのついたブラウスにピンクのスカート、男が想像するかわいらしい女の子の服だが、いざ自分が着ることになると思うと抵抗がある。

「早くしないと本部長の機嫌損ねるよ。ほら、服を脱いで。」

 躊躇している修二を見かねた母がせかせてくる。修二も仕方なく服を脱ぎ始めた。下着になったところで、母が紙袋から真っ赤なブラジャーとショーツを取り出して渡してきた。

「下着も着替えるの?どうせ見えないから、バレないんじゃない?」

「何言ってるの?女性の服は胸があるのが前提で創られているから、ないと逆に不自然になるの。」

 そう言われて、修二は渋々ブラジャーをつけようとするが、背中のホックを上手く留められずにいた。

「肩紐外して、前に回して前でホック留めて後ろの回せばいいから。」

 母のアドバイスにしたがって、修二はブラジャーをつけた。今までにない胸をしめつける感触が、女の子になることを実感させた。そのあとも黒タイツの感触やスカートの裏地など、男性物にはない女性服ならではの感触を感じ、女の子になりつつある自分を実感した。

「スカートの位置はもっと上だよ。スカートは腰で履くからここらへんかな。」

 母は修二のスカートの位置を調節してくれた。着替えぐらい一人でできると思っていたが、男性ものと違い母についてきてもらってよかった。

 ウィッグをかぶり、母に調整してもらって着替えがおわった。


 着替えが終わり、理沙の待つ会議室に戻りドアを開けた。ドアをあけて、修二の姿をみた理沙は笑い出した。

「まぁ、最初はこんなものか。少しずつかわいくなっていけばいいからね。」

 修二も暗くなった窓ガラスに反射した自分の姿をみたが、化粧していないのもあるが、あきらかに女装した男とわかる自分の姿に愕然とした。

「女の子になってみてどう?」

 理沙が女装の感想をきいてくる。

「恥ずかしい。」

 修二は正直に答えたが、理沙はすこし怒ったような表情になった。

「女の子になるのが恥ずかしいって、女の子を下に見ているからでしょ!まだ、自分が置かれている立場が分かっていないようね。」

 怒りだした理沙に慌てた、父と母が修二の頭を押さえ無理やりお辞儀をさせた。

「本部長様、すみません。教育が行き届いておらず、申し訳ありません。」

「このあと、厳しく言っておきますから。」

 父と母がそれぞれ非礼を詫びた。

「まぁ、最初だから許してあげる。お父様、お母さま教育の方よろしくお願いします。」

「ほら、修二からも謝れ。」

 父に促され、修二も謝ることにした。

「東条本部長、申し訳ありませんでした。」

「それだけ。まだわかってないみたいね。あなたは私のお嫁さんになるのよ。」

「はい、本部長にふさわしいお嫁さんになれるように精進しますので、よろしくお願いします。」

「ようやく分かったようね。じゃ、私は今日はこれで帰るから、あとはよろしくお願いします。」

 理沙はそう言い残して会議室を出て行った。



 東条理沙は帰宅する車の車内で、中学時代のころを思い出していた。あれは中学校3年の秋、合唱コンクールで学級委員だった理沙は優勝を目指して頑張りたかったのに、一部の男子がふざけていたのが気に食わなかった。それを注意した理沙とその男子との対立が、クラス全体の男子女子の対立となってしまい、結果合唱コンクールはいい成績が残せなかった。

 その悔しさを当時付き合っていた修二にぶつけたところ、

「理沙は、女子なんだから出しゃばらなくていいんだよ。」

 理沙をかばうどころか的外れな説教をしてきた。それで恋心は冷めてしまったが、下手に振って執着されるのも嫌だったので、受験勉強が忙しいと会う回数を減らしていて自然消滅で別れることに成功した。

 しかしいつまでたっても、「女子なんだから・・・」の言葉は理沙の胸に残り続けていた。でも、それがあったからこそ、今会社での自分の立場を築くことができたともいえるから、良かったのかもしれない。

 入社こそ親の力を借りたが、その後のテイクアウト事業や高級志向のレストラン開業などは自分の力以外何物でもない。「女子なんだから」ではなく、「女子だからこそ」の視点で、たまには家事の息抜きや自分へのご褒美など女性のニーズにこたえる事業を展開し成功を治めてきた。

 金も地位も手に入れたので、あとは中学時代の嫌な思い出を払拭すれば私の人生完璧だ。ちょうど、佐野君の家族が営んでいる製麺所の経営が上手くいっていないことは業界内での噂になっていたので利用することにした。

 今日の佐野君の女装姿は似合っておらず、思わず笑ってしまった。ちょっと怒った後のおびえた表情も良かった。今後どうやっていこうか、考えただけでゾクゾクしてくる。


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