僕の花嫁修業

葉っぱふみフミ

嫁に行ってくれ

「また小麦粉が値上げだよ。どうしようか?」

 家族で営んでいる製麺工場の経理担当の佐野修二は小麦粉の値上げに頭を抱えながら、会議室で生産部長である兄:圭一に相談していた。

「取引先にお願いして、卸値を上げてもらう以外はないけど、簡単には応じてもらえないだろうな。」

 兄も暗い表情で頭を抱えていた。社長である父親は朝から銀行や取引先を回って、会社存続の道を探しに出たきり、夕方になっても帰ってきていない。

 

 雇用整理して人件費減らさないとどうしようもないことはわかりつつも、辞めていく人にも家族がいることを思うと忍びない。修二がそんな葛藤をしてた時、ドアをノックする音が響き、父親が会議室に入ってきた。肩書きは副社長だが、実務はほとんどしていない母も珍しくスーツ姿で一緒にいる。思いのほか、表情が明るそうだ。何か良い知らせがあるかもと期待して父に尋ねた。

「親父、どうだった?融資か、新規取引先でも見つかった?」

「あぁ、良い知らせがある。東条グループの支援を受けることができるようになった。これで、工場はつぶれなくて済む。」

 県内にファミレスや居酒屋チェーンを展開して、最近ではテイクアウト専門店や高級志向のレストランなど多角的な経営が順調な東条グループと取引ができるのなら、一気に資金繰りが楽になる。

「支援をうけるって、子会社になるってこと?」

 兄が父親にきいた。

「それが取引できる条件だから、仕方ない。このままつぶれていくよりいいだろう。それに傘下に入れば、福利厚生など待遇もよくなるから従業員にとってもそっちがいいだろう。」

 曽祖父が始め30年以上の歴史のある工場を子会社化して守ることは、父親にとっても苦渋の選択だったろうが、存続していくためにはやむを得なかったのだろう。


「それで、もう一つ条件がある。修二すまないが、嫁に行ってくれ。」

 いまいち意味の分からない父親の言葉に、修二は困惑した。嫁に行くって、僕は男だぞ。婿に行くの間違いじゃないのか?

「親父、どういう意味?」

「東条グループ社長の一人娘が事業本部長をやっているんだが、独身で嫁を探しているらしくて、それで修二を嫁にだすことで傘下に入ることを許してもらった。いわゆる策略結婚で、修二すまないが工場を救うためだ、すまない。」

「結婚することは分かったけど、なんで『嫁』なの『婿』じゃないの?」

 

「その理由については、私から説明するわ。佐野君、久しぶりね。」

 会議室にノックもせずに入ってきたのは、中学時代の同級生でもあり、修二の元カノでもある東条理沙であった。女子高に進学した理沙とは自然消滅という形で別れてしまい中学卒業以来10年ぶりの再会だが、大人びた雰囲気の中にも中学時代の面影も残していたのですぐに思い出した。

「東条グループの一人娘って、お前だったのか?」

「本部長、こんなところまでご足労ありがとうございます。まあおかけください。修二、本部長様にそんな口をきくな。」

 父親に勧められて理沙は修二の前の椅子に座った。

「本部長の仕事をしていて忙しくて、家の事、食事とか掃除とかやっている暇がないの。」

「今の世の中、家事代行とかハウスクリーニングとかあるんじゃないんですか?」

 修二は父親に言われ、不本意ながら敬語で話しかけた。

「まあ今でも利用しているけど、お金もかかるしね。それで思いついたの、お嫁を貰えばいいって。嫁と言っても、昭和のお嫁さんの事ね。朝起きたら朝ごはんが準備してあって、昼間仕事している間に掃除や洗濯してくれてて、夜帰ったらお風呂が沸いていて夕ご飯も準備できている。そんな暮らしがしたいの。」

「わかりました。主夫として、家事全般すればいいんですね。」

「そうよ。」

 実家暮らしの修二は料理や洗濯などやったことはないが、母に教えてもらえればいいだろう、それで工場が守れるなら仕方ないと思った時、会議室のドアがノックされた。


「本部長、ご依頼の物をお持ちしました。」

「ありがとう。そこにおいてもらってもいい?」

「かしこまりました。」

 スーツ姿の男性が、紙袋をいくつか会議室に運び入れた。理沙は紙袋から中身を取り出した。スカートやブラウスなど女性ものの衣料品が入っていたようだ。

「じゃ早速だけど、これに着替えてもらってもいい?」

「これって、女物だろ。なんで僕が着なきゃいけないの?」

 突然のことに、敬語を使う余裕もなく反応してしまった。

「さっき言ったでしょ。お嫁さんが欲しいって。男のままじゃお嫁にいけないでしょ。つべこべ言ってないで、早く着替えて。私はどうだっていいのよ。こんな工場なくなっても。他にも製麺所なんていくらでもあるし。」

「ほら、修二言われた通りにしなさい。工場の未来がかかってるんだ。」

「お母さん、手伝ってあげるから着替えに行くよ。」

 父と母、両方からいわれ、修二はスカートとブラウスのはいっている紙袋をもって渋々更衣室へと向かった。

 





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