第149話 瑠美夏の記憶力
「恭平さん。卵、割りましたよ」
僕が瀬川さんの話に耳を傾けているあいだに、清華は卵をボウルに入れ終えてくれた。
とても美しい笑顔に、僕はドキッとしてしまう。
「あ、ありがとう清華」
「溶くのはどうしましょうか? わたくしがやりましょうか?」
「ううん、僕がやるよ。ありがとう清華」
清華に任せても良かったんだけど、瑠美夏もみんなも、僕が作るオムライスをご所望なんだ。だからここからの工程は僕がやらないとね。
「わかりました。……どうぞ、恭平さん」
清華はそう言って、僕にボウルを渡してくれた。
「ありがとう清華」
「ふふ、恭平さん。先程からお礼を言ってばかりですよ」
「ほ、本当だね。あはは……」
何かをしてくれたのなら、お礼を言うのは当たり前だと思ってるから、手伝ってくれた清華にはお礼をたくさん言っちゃうのは仕方ないよ。
「えーっと……あれ? 菜箸がない」
卵を溶くのに使う菜箸を近くに置いてたと思ったんだけど、どうやら忘れてたみたいだ。たまにはこんな日もあるよね。
菜箸は近くの引き出しに入れていたから、それを取らな……え?
僕は清華から受け取ったボウルを置き、菜箸を取るために引き出しに向かおうとしたんだけど、僕の目的の場所には既に瑠美夏が先回りしていて、引き出しをゴソゴソとしていた。
「瑠美夏?」
「あ、あった!」
瑠美夏はくるりと身体を反転させ、パタパタと僕の元へと笑顔でやって来た。その両手にはしっかりと菜箸を握って……。
「はいきょーへー。菜箸」
「あ、ありがとう。でも、よく覚えてたね。菜箸の場所なんて……」
瑠美夏と仲直りしてからは、たまに僕の家に来ることも増えた瑠美夏だけど、それでも僕の記憶の中に、菜箸を取る場面を瑠美夏に見せた記憶がない。
ということは、もしかして……!
「うん。何年か前に、あそこに菜箸があるのを見たことがあって、それを覚えていたみたいなの」
何年か前って、中学生の頃……いや、もしかしたら小学生の頃の記憶を呼び起こしたのかな!? どちらにしても、料理に興味がなかった瑠美夏が、この家の菜箸の場所を覚えていたことは凄いよ。
普段、瑠美夏の家でも料理している僕は、瑠美夏の家のキッチン周りに何があるのかも把握してるけど……とにかく凄い記憶力だ。
「ありがとう瑠美夏。助かったよ」
「んふ~♪ どういたしまして」
僕は瑠美夏から菜箸を受け取ったのだけど、その際に瑠美夏の手に触れてしまい、心臓がドクンと高鳴った。
瑠美夏も頬が赤くなっていて、照れた様子で、少し上目遣いで僕を見てくる。
「恭平さん。早く卵を溶きませんと……」
「そ、そうだね清華! あはは……」
清華の声で僕はハッと我に返った。
ちょっと瑠美夏を見すぎてしまった。さすがに不躾だったよね……。
「さ、瑠美夏さん。わたくしたちは邪魔にならないように少し離れて見ましょう」
「わ、わかったわ……」
あ、席について待つわけではないんだね。
見られると思うと、やっぱりちょっと緊張しちゃうけど、うん。一度深呼吸して気持ちを落ち着けよう。
少しだけ平常心を取り戻した僕は、美少女二人が近くで見ている中、卵を溶きはじめた。
それを見た瑠美夏と清華から歓声が聞こえたんだけど、そんなにすごいことをやっている自覚はない。
卵を溶くなんて、言ってしまったら誰でも出来る作業だし、清華ならこれくらいは余裕で出来てしまうはずだ。瑠美夏だって昔から見聞きしてるはずなのに……。
あとで二人に聞いたら、僕がやってるのを見ると、どんな事でも特別な事のように見えると言っていた。そういうものなのかな?
とにかくこれ以上考えても同じだと思った僕は、料理に集中することにした。
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