第148話 柊家の家訓

僕がオムライスの下準備をしていると、玄関が開く音が聞こえてきた。ベルを鳴らさなかったということは、おそらく瑠美夏だ。

家が隣どうしだから、小さい頃から特にインターホンを鳴らすことなくお互いの家に入っていたから、今もその習慣が僕も抜けてないんだよね。

というか僕の場合は、大人に近づいた今、早朝と夕方以外ではほとんど瑠美夏の家に入ってないんだけど。

そんなことを考えていると、リビングと廊下を繋ぐスライド式のドアが開いて、瑠美夏が入ってきた。

「おかえり瑠美夏」

「お、おかえり……んふ~♪ ただいまきょー……って、なんでせーかもキッチンに立ってるのよ!?」

僕におかえりと言われて上機嫌になったと思いきや、僕と一緒にキッチンにいる清華を見て盛大にツッコミを入れていた。

「あ、おかえりなさい瑠美夏さん。恭平さん、お野菜切り終わりました」

「ありがとう清華」

「次は何をしましょうか?」

「そうだなぁ……じゃあ卵を用意してもらってもいいかな?」

「はい。任せてください!」

清華は笑顔で、両手をその大きな胸の前で握りこぶしを作ると、失礼しますと言って冷蔵庫を開けた。

「あ、ごめん瑠美夏。実は清華が手伝いたいって言ってね」

僕が料理を始めようとしたら、「わたくしもお料理が出来ますからお手伝いしたいです!」と言ってくれて、これは引かないと思った僕は了承した。

そうして野菜を切ってもらうのを頼んだんだけど、見事な手並みで野菜が綺麗に切られていた。

お嬢様だからお屋敷にはシェフがいて、料理する必要なんてないのに、一体いつから料理をしていたのだろう?

「瀬川さん。良いんですか? せーか自ら料理をやらせて」

僕が考えごとをしていると、瑠美夏は瀬川さんの近くに移動していてそんな質問をしていた。

僕の後ろから冷蔵庫が閉まる音が聞こえた。清華が卵を取ったみたいだ。

「ええ。元々旦那様と奥様はお嬢様の行動を特に制限されることなく育てられてましたので、料理を習いたいと仰った時も、旦那様は二つ返事で了承し、以来たまに料理長から手ほどきを受けておられます」

そうだったんだ。なら清華の料理の腕は料理長さんの直伝なんだ。

柊家の食を預かる人……ということは、僕なんか足元にも及ばないほどの腕をしているはずだ。そんな人から数年間教えられていたら、そりゃあ上手くなるはずだ。

現に清華は、片手で卵を割ってるし。それも鼻歌交じりに。

「へ~。柊さんって、いつから料理を習い始めたんスか?」

今度は康太が瀬川さんに質問をしている。

いつから清華が料理を……か。うん、僕も興味がある。

「小学校を卒業されてすぐですね」

「そんなに前から……」

「柊家の家訓のひとつに、『なんでも使用人任せにはしない』というのがございます。奥様はもちろん、旦那様も手が空いた時には使用人を手伝ったりしてますよ」

一博さんも清美さんも、本当に優しかったし、使用人の人たちもみんないい人ばかりで……そんな環境だからこそ、清華はなんでもそつなくこなすことが出来るし、性格も『聖女』と呼ばれるほど素晴らしく育ったんだね。

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