第141話 康太の挑発と本音

「柊さんは行かなくていいのか? 恭平の隣」

「え? ……君塚さん」

 いつの間にかわたくしの隣に来ていた君塚さんに声をかけられましたが、恭平さんと瑠美夏さんの仲の良さになんとも言えない感情が渦巻いていたわたくしは、気のない返事をしてしまいました。

 君塚さんを見ると、笑顔なのですが、その笑顔の奥にはわたくしを心配してくださっているのがわかります。

「さっき小泉が恭平と見つめあっていたら、すぐに止めに入ってたのに……いいのかよ?」

「それは……」

 言えません。わたくしと瑠美夏さんに大きな差が……とても一足飛びで届くはずもないくらいの差を感じてしまっているなんて……。

「……あの幼馴染二人の仲の良さを見せつけられて落ち込んでるってところか?」

「っ!?」

 君塚さんに図星をつかれてしまい、わたくしは君塚さんの顔を見てしまいます。すると君塚さんはわたくしにドヤ顔を見せていました。

「はっ、図星かよ。『聖女』の想いってのもその程度だったんだな」

「なっ……!」

 図星をつかれただけでなく、わたくしの恭平さんへの想いまで侮辱するような物言いに、さすがのわたくしもカチンと来てしまいます。

「わざわざ恭平を追って新栄に来たのに、小泉の存在にビビり散らかして自分からアプローチしに行けないのなら、所詮はその程度だったってことだろ? 恋のライバルがいたらそいつに好きな人を譲る……『聖女様』はお優しいなぁ」

 わたくしは、恭平さんに助けられた日から七年の間、一日だって恭平さんの存在を忘れた日はありません!

 恭平さんを誰にも渡したくない。その気持ちは変わっていません。むしろ再会してからはより強くなっています。

 それなのに君塚さんは、わたくしの想いを侮辱し、嘲笑うかのような発言をして……さすがに見過ごすなんて出来ません!

「君塚さん……わたくしの想いを甘く見ないでください! わたくしの恭平さんを想う気持ちは瑠美夏さんにも負けません! 戦いもせず瑠美夏さんに恭平さんを渡すなんてまっぴらです」

 わたくしは静かにですが、恭平さんへの思いの丈を君塚さんにぶつけました。

 そんなわたくしの言葉を聞いた君塚さんは、最初は目を見開いて驚いていましたが、すぐに優しい笑みを見せてこう言いました。

「なら、柊さんも恭平のそばに行ってきなよ」

「……え?」

 いきなりの優しい言葉にわたくしは戸惑ってしまいます。

 今の君塚さんは、先程の挑発するような表情や声音とはまったく逆の……まさか!

「君塚さん。あなたはわざと……?」

 わざとあのような発言をして、わたくしを挑発したというのですか?

「……別に柊さんのためだけに言ったわけじゃないからな」

「そ、そうなのですか?」

 他にどんな意図が……?

「俺な、恭平が柊さんと小泉、どちらを選んでも、こうやってみんなで集まってワイワイやりたいんだよ」

「それはわたくしも同じですよ」

 わたくしだけでなく、恭平さんや瑠美夏さんも同様に思っていると思います。

「ですから、君塚さんが懸念されていることはな───」

「後悔、してほしくないんだよ」

「え……?」

 後悔、ですか? 一体なんの……?

「もしも恭平が小泉を選んだとして、それで柊さんは今日のことを後悔しないと言えるのか?」

「それは……」

 断言できなかった……。わたくしが今、このまま恭平さんと瑠美夏さんをただ傍観したままで、もし君塚さんの言う通り、今日のことで恭平さんが瑠美夏さんを選んだらと思うと……おそらく、いえ、絶対に『あの日スーパーで恭平さんにアプローチしていれば……』と思うはずです。

 それどころか、わたくしがこのまま悩み続けていたら、瑠美夏さんとの差はどんどん開いていくばかりで、絶対に瑠美夏さんに勝てないどころか後悔ばかりが先に出てしまうでしょう……。

「俺はどっちの味方もできないが、柊さんと小泉には、『あの時ああしていたら』みたいなことがないように……絶対に後悔なんてしてほしくないんだ。これから先も、みんなで笑っているために……」

「君塚さん……」

 そうですね。君塚さんの言う通りです。

 何より何もしないで恭平さんを瑠美夏さんに譲るなんてわたくしらしくない。

 なんのために新栄に来たのかを、君塚さんのおかげで再度認識することができました。

「って、なんだかんだ偉そうなこと言ったけど、結局は自分のために言ったまでだ。悪かったな柊さん」

 わたくしはふるふると首を左右に振り、笑顔で君塚さんの目を見ます。

「ありがとうございます君塚さん。わたくし、いってきますね」

「おう!」

 わたくしは君塚さんにお辞儀をし、踵を返して恭平さんと瑠美夏さんの元へと駆けていきます。

 瑠美夏さん……わたくし、負けません!

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