第140話 清華の不安
車内で楽しくおしゃべりをしていると、あっという間にスーパーに到着しました。
加奈子さんが「皆様、到着しました」と告げると、わたくしも含め、皆さん降車のためシートベルトを外します。
「ありがとうございます瀬川さん」
最初に恭平さんが加奈子さんにお礼を言うと、続いて瑠美夏さんと君塚さんも、恭平さんと同じく加奈子さんにお礼を言って車から降りました。
自分から率先してお礼を言うなんて……やはり恭平さんは優しくてとても清い心を持っています。そんな方を好きになり、わたくしはちょっと嬉しくなります。
「加奈子さん。いつもありがとうございます」
「い、いえ……これくらいは当然かと」
加奈子さんも皆さんにお礼を言われて少し照れているようです。
いつもキリッとしている加奈子さんのこんな表情を見れるなんて……ちょっとラッキーです。
わたくしたちが車から降りると、皆さんわたくしたちを待っていたようです。
「お待たせしました。では行きましょう」
「うん」
「おっけー」
「おう!」
ふふっ、お友達と一緒にスーパーでお買い物なんて初めてだから、ちょっとドキドキワクワクしますね。
「あ、恭平さん。カート持ちますよ」
スーパーに入ると、恭平さんがカゴを取り、それをカートの上に置いて押しはじめたので、お夕飯を作っていただく恭平さんにそんなことはさせられないと思い、わたくしが押そうと恭平さんに声をかけました。
「大丈夫だよ清華。僕に任せて」
ですが、恭平さんは笑顔でそう言われて、わたくしにカートを渡してはくれませんでした……。
結局、わたくしが恭平さんの笑顔を見れて得をしただけになってしまいました。
「無駄よせーか。きょーへーは私がいくら言ってもカートを貸してくれないんだから」
「そうなのですか?」
いつも二人でスーパーを利用している瑠美夏さんの言うことですから、きっと間違いないのでしょう。ですが、どうして……?
「恭平さん。どうしてご自分でカートを押そうとするのですか?」
「……どうして? う~ん……どうしてなんだろう?」
「え?」
恭平さんの予想外の返答に戸惑ってしまいます。まさか、理由はないのですか?
「僕って今の生活を始めた時から一人でスーパーに来てたから、自分で押さないと変な感じがする……からかな。あとは女の子にさせるのもなーって……」
「恭平さん……」
それが恭平さんにとっての日常と、ルーティンとなり、ご自分でやらないと感じが狂ってしまうのですね。
それに、あとから付け加えたような理由も、おそらく恭平さんの本心なのでしょう。本当に、恭平さんはどこまでもお優しくて素敵な方……。
「……ごめんねきょーへー」
「謝らないでいいよ瑠美夏。今はこうして毎回瑠美夏も買い物に付き合ってくれるし、僕がやりたかったから全然苦じゃなかったしね」
「うん……」
「そんなにしょげないでよ。瑠美夏の好きなもの作ってあげるから」
「……ありがとう。きょーへー」
そんな幼馴染のやり取りを見て、わたくしも笑顔になったのですが、同時に胸の奥にチクリとした痛みがありました。
自らの過去の過ちを思い出してしまって消沈した瑠美夏さんをすぐに笑顔にしてしまった恭平さん。それはきっと恭平さんにしか出来ないし、お互いをほとんど知り尽くしているからこそです。
瑠美夏さんはわたくしの一番のお友達ですが、同時にとても強力なライバルです。『悪女』なんて言われていたのが嘘のように変わられて、今は恭平さんを一途すぎるくらいに想っている瑠美夏さん……。
やはり幼馴染というのは、こと恋愛においてはとても強力なアドバンテージです。
先程の車内でのおしゃべりも、とても楽しかったのは事実です。ですが、今日の献立の話になった時───
「なあ恭平。今日は何を作るんだ?」
「うーん……。逆にみんなは何が食べたい?」
「カレー! お前の作るカレーはめちゃくちゃ美味いから、忘れられなかったんだよ!」
「ふふん。甘いわねコータ。きょーへーの一番の得意料理はオムライスよ」
「オムライス? ああ、お前が泣きながら食ってたやつか」
「あんたちょっとはデリカシーって言葉を覚えなさいよ! ……とにかく、きょーへーも自分で得意料理って言ってるし、本当に絶品なんだから」
「……っ」
「へえ……お前がそこまで言うなら食ってみたいな」
「じゃあオムライスでいいかな? 清華と瀬川さんもいいですか?」───
この会話で、恭平さんが作る料理はオムライスと決まったのですが、瑠美夏さんは当然のように言い当てているのを見て、すれ違っていた時期もありましたが、それでも何年も共に過ごしてきた時間は本物なんだと、思い知らされました。
今も瑠美夏さんは恭平さんの隣で、オムライスに使う卵やケチャップや、移動してオムライスとは関係ないお菓子とかをぽいぽいカゴに入れています。
瑠美夏さんは笑顔で、恭平さんも困った顔をしていますが、とても楽しんでいるのがわかります。
わたくしは……瑠美夏さんに、勝てるのでしょうか……?
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