第133話 戦意喪失、そして落着

「それから……杉内さん」

「っ!」

 清華が杉内君の名を呼ぶと、その杉内君は肩をビクッと震わせた。

 声音は普段とあまり変わらないのに、どうしても冷たく言い放った感が否めない。さっき僕があの脅迫文を見せた時も思ったけど、清華はめちゃくちゃ怒っている。

「先ほどあなたは、恭平さんに『わたくしと瑠美夏さんに近づくな』という内容の脅迫文を送ったとおっしゃいましたが……」

「あ、あの……」

「杉内さんも、おそらくみなさんも勘違いをされていると思いますが、恭平さんがわたくしたちに近づいているのではなく、わたくしたちが恭平さんに近づいて言い寄っているのですよ」

「そうね。というか、この学校できょーへーが……きょーへーから私たちに近づいてるの、見たことある?」

 このタイミングで瑠美夏が清華の横に並び、そう言い放った。

 瑠美夏の言う通り、僕はこの学校にいる時は自分から瑠美夏たちに近づいていない。伝えなければいけない時はもちろん話すけど、それ以外では僕からはほとんど干渉はしていない。

 昨日、清華と一緒にバスケ部の練習を見に行ったのだって、清華から言ってきたことだしね。

 四人でお弁当を食べる時も、大概は竜太から誘ってくるしね。

 クラスメイトのみんなは、近くにいる人たちとで思い出しながら相談しているみたいだけど、やっぱり思い当たる節はないみたいだ。

「つまり、杉内がきょーへーに送った脅迫文は全くの勘違いってわけ」

「そ、そんな……」

「なんなら今から私たちにも脅迫する? きょーへーに近づくなって」

「残念ですが、恭平さんに身の危険が及ばない限り、わたくしたちは止まることはありません。それに───」

 そこで一度言葉を区切ると、清華を見ていた杉内君の表情が一気に青ざめてしまった。周りの男子たちも同様だ。

 清華……一体どんな表情で杉内君を見てるのだろう?

「もし万が一、それでも恭平さんに危害を加えようとしている方がいるのなら……ふふ、どうなってしまうのでしょうね?」

「「!?」」

 清華の言葉を聞いて、僕まで身震いをしてしまった。

 瑠美夏も清華も本気だ。自分たちのことで僕に嫌がらせをしてくる人に対して一切の容赦はしないとわかる。具体的なことを言わなかったことでさらに恐怖が増している。

「この二人は本気だぜ。杉内、この二人と柊家の皆さんを本気で敵に回したくないなら、すぐに恭平に謝った方がいいぜ?」

 ここまでこの騒動の行く末を見守っていた竜太がここで口を開いた。時計を見ると、昼休みももうすぐ終わりだから、早めに騒動を終わらせようとしているんだ。

 杉内君を見ると、瑠美夏と清華にすっかり戦意を削ぎ落とされているみたいだから、彼に反撃する力は残ってないっぽい。ここで杉内君が一言謝罪すれば、この件は落着だ。

 僕も一言謝ってもらえたら、それ以降はこの話はしないし、杉内君とも普通にクラスメイトとして接していくつもりだ。

「……上原、悪かった。ごめん」

「う、うん。これからはもうこんなことはしないでね」

「わかったよ……」

「俺も、ごめん」

「俺も……」

 杉内君たちは力なく謝罪の言葉を口にし、僕はそれを受け入れた。ここでようやく、教室内のピリピリしていた空気が弛緩していった気がした。

「やったねせーか!」

「ええ! 瑠美夏さん」

 廊下にいたギャラリーが解散し、教室内にもいつもの空気が少し戻ってきた頃に、このクラスの二大美少女は笑顔でハイタッチを交わしていた。

「一時はどうなることかと思ったけど、なんとかなってよかったな」

「うん。三人ともありがとう」

 この事態を半日で解決できたのはみんなのおかげだ。僕がどうにかするって言ったのに、結局はみんなに頼りっきりになってしまったのがちょっと情けなく感じるけど、それでも今はちゃんと心からお礼を言わないといけないと思った。

「気にすんなよ恭平」

「そうです恭平さん。わたくしたちは当然のことをしたまでですから」

「それに、完全にきょーへーのためってわけでもないしね」

「え?」

 どう見てもさっきまでの一連の出来事は、百パーセント僕のためにしてくれたことだと思ってたけど、違うの?

「ね? せーか」

「そうですね。これでようやく学校でも堂々と恭平さんとお話することができます」

「それに、登下校も最初から最後まできょーへーと一緒にできるしね。今までみたいに途中から別々に行ったり……なんてしなくてもよくなったわけだし」

 なるほど、二人はこれも狙ってたのか。

 確かに、今までは僕の覚悟が足りなかった部分もあったし、二人が周りに『僕のことが好き』と思われるのが申し訳ないと思っていたところもあったから、二人に不自由な思いをさせてしまっていた。

 だけどそれがなくなったから、これからはわざわざ理由を見つけて話しかけに行くこともない。家でしているのと同じように、普通に喋りに行くことができるんだ!

「ごめんね二人とも。不自由かけてしまって。それから、ありがとう。僕も……嬉しいよ」

「ふふ、これからは学校でも積極的に話しかけにいきますからね」

「やっぱり遠慮してほしいなんて言わないでよね」

「お、お手柔らかにね」

 それから僕たちは笑いあって、三人でハイタッチをし、それから竜太と四人でもハイタッチをした。

 さっきはああ言ったけど、僕だって嬉しいんだからね。瑠美夏、清華。

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