第132話 清華の本気

「先程の瑠美夏さんのご説明で、恭平さんがいかに魅力的で素晴らしい方だというのはご理解いただけたかと思いますが、今度はわたくしの番ですね」

 そう言いながら一歩、また一歩と歩を進め、僕たちと男子たちのちょうど真ん中辺りで止まった清華。手を組み男子たちに向かって深々と礼をした。それを見た僕は、話す間は誰にも口を挟ませないといった空気が漂っているように感じた。

 ……これが、お嬢様としての、そして『聖女』と呼ばれている清華の本気。

 それを正面から見た男子たちは、そんな清華の雰囲気に飲まれてしまったのか、誰も口を出すことはなくなった。みんな無言で清華の言葉を待っている。

「みなさんは、わたくしがエスカレーター式の聖ルナリア女学院からこちらの新栄高校に編入してきたのは既にご存知かと思いますが、その理由については、恭平さんたち三人にしかお話してきませんでした。それを今からお話します」

 ということは、清華は女子にも新栄に来た理由を教えてなかったのか。他の女子とも仲のいい清華だ。きっとめちゃくちゃ聞かれたに違いないよね。

 そして、その知りたかった理由をついに教えてくれると知った女子は小さくザワついている。

「わたくしがここに来た理由……それは、七年前にわたくしを救っていただいた命の恩人、そしてその時に恋をした恭平さんに再会し、わたくしの初恋を叶えるためです」

 やはりというべきか、清華が言い終えると、クラスどころか近くの廊下にいた生徒たちからもどよめきが起こった。

 みんな僕と清華を見て、いろいろなことを言っている。僕にあの脅迫文を送った杉内君は信じられないものを見るような目をしている。

「ち、ちょっと待ってよ!」

 陽キャな女子が声を大にして言うと、周りのどよめきが小さくなった。みんなこのクラスメイトの女子の次の言葉……質問が気になるみたいだ。

「なんでしょう? 堂島どうじまさん」

「清華ちゃんが上原君を好きになったのって……」

「七年前ですね」

「し、小学生じゃん! な、なんで!? その時に上原君とどういう接点があって上原君を好きになったの!?」

 それも当然の質問だよね。普通、一般家庭に暮らす僕と、お嬢様の清華が小学生の時に出会うことなんてまずありえない。

 それに、当時まだ十歳にも満たない少女がはっきりと恋を自覚したというのも信じられないだろう。僕はその頃から瑠美夏のそばにいることが多かったけど、それが恋というものだとは知らなかったし。

 それから、彼女は堂島さんというんだ。あまり馴染みのないクラスメイトのこともちゃんと覚えないといけないよね……。

「……それを今からお話いたします。わたくしがどうやって恭平さんと出会い、そのたった一度の偶然の出会いから恋に落ちたのかを……」

 そこから清華はあの時のキャンプでのことを細かく説明した。帰る前、綺麗な蝶々を見つけ、その蝶々を追いかけて森に入ってしまったこと。気づいたら全然知らない場所で、不安で泣いてしまったこと。そこへ僕が現れ、怪我の応急処置、そして清華をおぶってキャンプ地まで戻ったことを。

 みんなは清華が話しているあいだ、一言も口を出す人はいなかった。いや、みんなの表情がぽかんとしているので、驚きすぎて口を挟むのも忘れているのかもしれない。

「そして───」

 清華はそう前置きをして、自分の机にかけられている鞄から綺麗に折りたたまれている布を取り出した。あ、これは……。

「これがわたくしの一番の宝物……当時恭平さんがわたくしの足に巻いてくださったハンカチです」

 清華は布をゆっくりと開き、そこから出てきた、僕が当時清華の手当に使ったハンカチをみんなに見せた。

 ハンカチが出てくると、またみんながざわざわとし出した。

「たとえその当時が小学生だったとしても、これだけのことをされて恭平さんに恋焦がれるのは普通のことだとわたくしは思います。むしろ心を奪われない理由などありません」

 清華がそう言いきると、周りのみんなはまた黙ってしまった。

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