第123話 はじめての命令

「……加奈子」

「……っ」

 言えた。すごく「さん」を付けたかったけど、なんとか呼び捨てで言えた。ちょっと神経を使ったから少しだけ疲れた。

 一方の、僕に名前を呼ばれた瀬川さんは、呼んだ瞬間、わずかに目を見開き眉を上げ、喉を鳴らした。

「……」

「……」

「……」

「…………あの」

 なんで誰も一言も喋らないの? 痺れを切らして僕が声をかけちゃった。

「なんでしょう上原様」

「いや、何か言ってくれないとこっちも反応に困るといいますか……」

 一言でもいいから感想を言ってほしい。瀬川さんがノーリアクションだと一番困る。公開処刑じゃないんだから。

「そう、ですね……」

 どうやら僕の一押しで感想を言ってくれるようだ。瀬川さんにしては微妙に歯切れが悪いのは気になるけど……。

「……こう、殿方から呼び捨てにされるのは……なかなか良いものですね」

「え……?」

「「っ!?」」

 瀬川さんが微笑み、そして頬を少しだけ赤らめて言った。

 ちょっと待って。予想外すぎるリアクションなんだけど!

 僕としては「別に普通ですね」って無表情にバッサリと切って捨てられる場面まで想像したのに、それとはある意味正反対のリアクションじゃないか。

「上原様」

「な、なんでしょう……」

 その美しい微笑みのままで名前を呼ばれるのはなかなかに照れてしまう。

「上原様はお嬢様の想い人で命の恩人ですので、貴方さえよければ私のことを名前で───」


「「ダメ(です)!!」」


「!?」

 瀬川さんの言葉は、ここまでずっと僕と瀬川さんのやり取りを見ていた清華と瑠美夏によって遮られた。

 二人を見ると、怒っているような悲しんでいるような困惑しているような……とにかく色んな感情がごちゃまぜになったような表情をしていた。

「えっと……瑠美夏も清華もどうしたの?」

「どうしたのではありません! 加奈子さん!」

「はい」

 瀬川さんが背筋を正した。お説教でもするのかな?

「わたくしは加奈子さんをお姉様みたいに思っていましたが、今、加奈子さんの主として初めて命令します! 恭平さんに名前で呼ばれるのはダメです!」

「かしこまりましたお嬢様」

 瀬川さんは礼をし、清華の命令をただ黙って聞き入れた。というか初めての命令がそれでいいの!?

「せ、清華? 何もそこまで───」

「きょーへー! あんたもよ!」

「え?」

 ヒートアップしている清華をなだめようとしたんだけど、その途中で瑠美夏の言葉で遮られてしまった。

 その瑠美夏を見ると、眉をつり上げ頬を膨らませていた。初めて見るタイプの怒り顔で、僕の心の中は驚きから可愛いという感情にすぐにシフトした。

「きょーへーも瀬川さんを名前で呼んだらダメ! ううん、女の子を名前で呼ぶのは私とせーかだけにして!」

 ……もしかして、瑠美夏は僕が他の女子の名前を呼んだら、みんながみんな、さっきの瀬川さん……果ては自分たちのようなリアクションをするとでも思っているのかな?

 瀬川さんとも付き合いが少し長くなってきたし、瑠美夏と清華は僕のことが……だから、僕に名前を呼ばれたくらいでそんなリアクションをするのは君たちだけだよ。

「大丈夫だよ。仲のいい女子は瑠美夏と清華しかいないし、瀬川さんはやっぱり目上の人だから、僕が名前を呼ぶのはこれからも二人だけだから」

「「っ!」」

 僕がそういうと、瑠美夏と清華は頬を朱に染めた。あれ? 僕、変なこと言ったかな?

「……や、約束よ。きょーへー」

「わたくしたち以外に特別仲のいい女性のお友達は作らないでくださいね」

「も、もちろんだよ」

 二人の表情と言ってくれることが可愛くてついどもって目を逸らしてしまった。

 心配しなくても、他の女子が僕に惚れるなんてことはないし、僕が特別と思える女性は二人だけだから。

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