第122話 加奈子のお願い
「お嬢様、上原様、小泉様。お疲れ様です」
「お待たせしました加奈子さん」
「「こんにちは瀬川さん」」
校門を抜け、学校の近くで待っていた瀬川さんと合流した僕たちは瀬川さんに挨拶をした。
それにしても、傘をさしていても完璧なお辞儀だなぁ。
「皆様、先程は楽しそうにお話をしていましたが、何を話していたのですか?」
あ、さっきのやり取りを瀬川さんも見ていたんだ。ここは僕たちが話していた場所からちょっと離れたところがあるんだけど、もしかして僕らの姿を確認するまで近くで見ていたのかな?
「恭平さんに名前で呼んでもらえるのは幸せな事だと瑠美夏さんと話していたんです」
「そうなんですよ瀬川さん。きょーへーに名前を呼ばれる度、幸せで心がふわふわするんです」
「ち、ちょっと! 清華も瑠美夏も何言ってんの!?」
そんなこと言うの、君たちだけだからね!?
「……えへ♡」
「……んふ♪」
あ、ダメだ。聞いてないや。
僕は周りに人がいないかキョロキョロ見渡す。
……ほっ。誰もいなかった。
多分、帰宅部の人はみんな帰って、あとは部活に励んでいる人しかいなかったんだろう。きっとそうだよ。
「ふむ……」
瀬川さんを見ると、顎に手を当て、じっと清華と瑠美夏を見ている。
というか、二人ともそろそろ顔を元に戻してほしい。すっごく可愛いんだけど、それ故に直視しにくいから。
「上原様」
「な、なんでしょう、瀬川さん」
なんでそんな真顔で僕を見てくるんだろう?
え? まさか、清華を呼び捨てにするのはダメだったとか!?
大企業、柊グループの社長令嬢を僕みたいな一般人男子が気安く呼び捨てにして、瀬川さんの怒りを買って、た……勃たなくさせられるんじゃ……!
そう思った僕の背中にゾクゾクと悪寒が走り、額から嫌な汗が出てきた。
瀬川さんに内心で怯えていると、瀬川さんはおもむろに口を開いた。
「上原様。よろしければ、私のことも一度名前で呼んでいただいてよろしいでしょうか?」
「え?」
予想とは全く違う、予想など出来ない答えが僕の耳に届いた。
冗談で言ってるのかと思ったけど、瀬川さんは大真面目みたいだ。普段冗談を言う人でもないもんね。
「清華お嬢様と小泉様が、上原様に名前を呼ばれただけでここまで緩まれているのです。長年お嬢様の護衛をしていますがほとんど見たことのない幸せな表情をしているので、私も後学のために一度体験してみたいと思いました」
「は、はぁ……」
説明されたけどいまいちピンとこない。後学ってなんの?
ただ、名前を呼ぶまで引かないっぽいなぁ。今日ははぐらかしても、また後日言ってきそうだし。
「わ、わかりました。一回だけですよ?」
「ありがとうございます。それから呼び捨てでお願いします」
「ええ!?」
さん付けで呼ぼうと思ったのに、先回りされるなんて……。
目上の人を呼び捨てって、すごく抵抗があるけど、仕方ないか。
「わ、わかりました。……こほん」
僕は緊張を紛らわすために、一度咳払いをし、瀬川さんの目を真っ直ぐに見る。その際に横目でチラッと瑠美夏と清華を見ると、二人ともなんかドキドキしてそうな顔で僕たちを見ている。なんで?
理由は考えてもわかるもんじゃないし、今は瀬川さんを名前で呼ぶことだけを考えよう。
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