第120話 2人でバスケ部の見学

 放課後、僕は体育館の二階に来ていた。

 その目的は竜太の所属するバスケ部の練習を見学するためだ。

 雨も降ってるし、早くスーパーに行って家に帰れと言われそうだけど、実は瑠美夏が日直で、その仕事が終わるまで竜太の練習風景を見ようと思ったからだ。

 僕も日直の仕事を手伝おうとしたんだけど、瑠美夏にも、そして同じ日直の男子にも断られた。

「ところで、清華は帰らないの?」

 僕は自分の隣で同じくバスケ部の練習を見学している清華を見た。

「『清華』……えへ♡」

 すると、清華は僕に呼び捨てで呼ばれたのが嬉しいみたいで、頬を赤らめてへにゃりと笑った。

「あの……僕がそう呼びだしてからもう半月は経ってるんだから、そろそろ慣れないの?」

 そう……清華は僕が竜太や瑠美夏、康太や瀬川さん以外の人がいない時に名前を呼ぶと、決まって今みたいな表情をする。

 何度見ても可愛いのは間違いないんだけど、そろそろ慣れてほしいという気持ちが強くなってきているのも確かだった。

「ですが、やはり七年ぶりにそう呼ばれましたから、無意識に顔が緩むんです……えへ」

 これは……まだしばらくは慣れないみたいだ。

「それにしても、僕たち以外に見学してる人が何人かいるね」

 僕は言いながら辺りを見渡す。すると、数人の女子が僕たちと同じようにバスケ部の見学をしていた。

「そうですね。やはりあの方たちは坂木さん目当てでしょうか?」

「多分ね」

 竜太も清華に負けず劣らずモテるからね。ファンがいたって不思議じゃない。

 ここで、ふとした疑問が浮かんだ。

「あの人たちや部活してる人たちからしたら、今の僕らってどう見えてるのかな?」

 この新栄高校の『聖女』と、その『聖女』より身長が低いパッとしない男子生徒が普通に並んでバスケ部の見学をしている……これは、こ、恋人のように見られてたりするのかな? 清華が男子と二人でいるのもかなりレアな光景だと思うし。

「恋人……に見られていたら嬉しいのですが、おそらくそうは見られていないでしょうね」

 さっきまでへにゃりと笑っていたのに、今の清華は眉を下げてしゅんとしていた。

「恭平さんが坂木さんの幼馴染で親友だと知っている人もいるでしょうから、あの新聞の一件以降、まだわたくしが坂木さんを好いていると思っている方からしたら、恭平さんを使って堂々と坂木さんを見に来ている……と、思われているのかもしれませんね」

「え? でもそれは……」

 確か、昼休みの放送の時間を使って、あの新聞の記事はデタラメだと全校生徒に伝えたって聞いたけど……。

「確かに誤解は解きましたが、全校生徒がわたくしの言葉を信用しているとは思っていません。中には事実無根と言いながら、影でわたくしが坂木さんとお付き合いをしているのでは……と思っている方も若干いるみたいですし」

「そ、そうなんだ……」

 そんな情報、どうやって清華本人の耳に入ってくるんだろう?

 清華の交友関係って広いから、誰かの流した噂が清華の耳に入るのも無理もない気がするけど……それを本人に伝えるのもどうなんだろう。伝えたのかはわからないけどさ。

「ですが、そのおかげで人がいる中でもこうして気兼ねなく恭平さんの隣にいられるので、その点だけは感謝してますよ」

「っ! ……う、うん」

 清華はこの学校では一番名の知れた有名人だ。僕とずっと一緒にいると、きっと僕に清華との関係を聞いてくる人が必ず出てくる。それだけでなく、この学校にいる間は無遠慮な視線に晒される可能性だってある。

 清華はそれを避けるために教室ではあまり僕に話しかけないようにすると言っていた。

 でも、僕たちは友達だ。友達と二人でいるのはそんなにいけないことなのかとも思ってしまう。

「……恭平さんはわたくしの好きな人ですって、皆さんに言えたらいいのですが……」

「え?」

「それをしたら、きっと恭平さんに迷惑をかけてしまう……あの新聞の件で思い知りましたから」

「迷惑なんて、そんな……」

「ですから、皆さんには折を見てお話したいと思ってます」

 清華の表情は相変わらずの笑顔だったんだけど、その笑顔の奥には悲しみが少しだけ滲んでいた……ように見えた。

 僕が竜太みたいにイケメンで、メンタルも強かったら、清華にこんなことを言わせなかったのかもしれない。

 いや、そもそも恋人でもないんだ。そんなことを考えるのは、僕の気持ちがハッキリしてからでないと、清華に失礼になるかも。

 その時、僕のスマホがメッセージを受信する音が鳴った。

 僕はポケットからスマホを取り出してメッセージを確認すると、瑠美夏からだった。

「瑠美夏、日直の仕事終わったって」

「そうですか。では、わたくしたちも行きましょうか」

「そうだね。行こう清華」

「はい。……えへ♡」

 名前を呼ぶ度にこれだもんな……そんな嬉しそうな笑顔を見せられて毎回ドキッとさせられる僕の身にもなってほしい。

 だけど、これが原因でまた名前を呼ばなくなったり、さん付けをしてしまうと清華はしょげてしまうのは目に見えているから、結局は僕が慣れるしかない。……慣れるのかなぁ?

 僕と清華はちょうど目があった竜太に手を振って体育館をあとにした。

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