第109話 1歩ずつ前に

 おっと、今はシュート練習を続けよう。

 えっと、シュートを打つ右手にボールを乗せて、左手は横に添える。

 シュートフォームをとったら、右肘が外側に向いちゃうんだけど、これもダメなんだよね。ちゃんとシュートを打つ方向に向けないといけないんだけど、これがなかなか難しいな。慣れてないからか、肘から二の腕あたりがちょっと痛いけど、何度も続けていたら身体も慣れて痛みもしなくなるだろう。

 ……一度打ってみようかな。

 僕は上げていた腕をお腹辺りまで下げ、膝を曲げて腰を落とした。

 それからゴールを見据え、ジャンプしてシュートを放った。

 放たれたボールは空中で放物線を描き、そのままゴール……のリングに当たって弾かれてしまった。

 うーん……やっぱり上手く決まらないなぁ。

 まだまだやり始めたばかりだもん。これから反復練習をしていこう。

「惜しかったよきょーへー!」

「そうです! 綺麗なフォームでしたから次は入ります!」

 ベンチに座っていた瑠美夏と清華さんが、立ち上がって僕に声をかけてくれた。

「……ありがとう二人とも!」

 ここで何も言わないのはダメだと思い、僕は二人に聞こえるように声を出してお礼を言った。

 あれ? 二人が何かを話していて……頷きあってこっちに向かって走ってくる。

「恭平さん。わたくしたちがボールを拾いますから、恭平さんはシュート練習に集中してください」

「え、でも……」

 そんな雑用みたいなことを二人にやらせるのは申し訳ないよ。

「私たちに変な遠慮はしないでよきょーへー。私もせーかも、あんたのために何かしたいから……」

「え?」

「瑠美夏さんの言う通りです。それに、わたくしたちも本番で活躍する恭平さんが見たいので、完全に恭平さんのためっていうわけでもないんですけどね」

「っ!」

 清華さんがウインクをし、舌を少しだけペロッと出したそのあざとかわいい仕草に、僕の頬は熱くなり、心臓は早鐘を打った。そ、それよりもだ。

「えっと……二人とも、名前で呼ぶようになったんだね」

 そうだ。ここに来たときはまだお互いを苗字で呼んでいたのに、いつの間にか名前で呼び合うようになっている。短時間で劇的な変化だ。

「ええ。瑠美夏さんとはもっと仲良くなりたいと思っていましたので」

「私もせーかと同じ考えだったから、名前で呼び合うようにしたのよ」

「な、なるほど……」

 僕が納得していると、ボールを持った瑠美夏がゆっくりと僕に近づいてきた。

「はい、きょーへー。私たちにかっこいいところ、見せて」

「っ! う、うん……」

 ボールを手渡すとき、瑠美夏の満面の笑みにまたしてもドキッとしてしまった。

 僕も二人の気持ちにちゃんと向き合わないといけないのに……あと一歩のところで踏みとどまってしまう……そんな感覚になってしまう。

「じゃあ私はゴール下にいるから、せーかはゴールに弾かれてきょーへーの後ろに飛んでいったボールを拾ってね」

「あ、瑠美夏さんずるいです! わたくしも恭平さんがシュートを打つ姿を正面で見たいです!」

「はいはい。じゃああとで交代するわ」

「……約束ですよ?」

 僕のシュートを打つ姿なんて見てもって思ったけど、二人はそう思うほど僕を慕って……好いてくれているんだよね。

 僕の心は、また傷つくのではないかという不安より、二人の気持ちが嬉しいという気持ちの方が強いと、はっきり自覚していた。

「二人ともありがとう。じゃあ、お願いするね」

「はい!」

「任せて」

 早く二人に向き合えるよう、僕も変わらないとな。

 二人とも、もう少しだけ待ってて。

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