第106話 元『悪女』のお願いと自白

 恭平さんが坂木さんと君塚さんからバスケットの基本を学んでいるあいだ、わたくしは小泉さんと一緒に、三人から少し離れたベンチに座っていました。

「柊さん。本当に身体は大丈夫?」

「えぇ。まだ多少咳は出ますが、概ね良好ですよ」

「でもあまり無理はダメだからね」

「ふふっ、ありがとうございます。小泉さん」

 小泉さんの優しさがとても嬉しいです。

 彼女は本当に変わりました。もう、あの口論をした時の小泉さんはどこにもいないのですね。

「それでね……柊さんにお願いがあるんだけど……」

「お願い……ですか?」

 わたくしは小首を傾げながら小泉さんの言葉を繰り返しました。

 お友達からお願いされるのはやはり嬉しいものなので、内容を聞いていませんが少し気分が高揚してしまいます。

「うん。……正確には、柊さんと瀬川さんに、なんだけど」

「わたくしと、加奈子さん?」

 少し離れたところにいる加奈子さんも、自分の名前が呼ばれたのを知り、ゆっくりとこちらに近づいてきました。

 加奈子さんがこちらに来て、小泉さんはわたくしと加奈子さんの顔を交互に見ながら、ゆっくりとお口を開きました。

「二人に、その……バレーボールを、教えてほしい」

「え?」

「きょーへーに見せたいの。……私が活躍してるとこ」

 小泉さんの頬はほのかに赤くなっていますが、その目はまっすぐにわたくしを見つめています。

 小泉さん、本気ですね。

「もちろん構いませんよ。加奈子さんもいいですよね?」

「はい。私に異存はございません」

 加奈子さんを見ると、目を細めて微笑んでいました。やっぱり加奈子さんは美人さんです。

「ありがとう……二人とも。でも、柊さん。本当にいいの?」

「何がですか?」

 小泉さんがなんのことを言っているのか分からず、わたくしはまた小首を傾げました。

「私たちって、友達……だけど、ライバル、じゃない? 言ってしまえば敵を助ける行為になるから……」

 なるほど……。小泉さんが懸念しているのはそこなんですね。

「確かにわたくしたちは、恭平さんが好きなライバル同士です。ですが、わたくしは小泉さんともっと仲良くなりたいんです」

「柊さん……」

「わたくしたちのどちらを恭平さんが選ばれるのかは分かりません。ですが、たとえどんな結果になっても、わたくしは小泉さんとずっとお友達でいたい。これは本心です」

「……うん」

「恭平さんが恋に前向きになるまでは……いえ、その後も、わたくしは小泉さんともっと友好を深めたいんです」

「……きょーへーに『あーん』をお願いしたのに?」

 小泉さんのこの一言で、わたくしの全身から冷や汗が出てきました。

「へっ!? あ、あのあの…………し、知っていたのですか?」

「きょーへーから聞いたわ」

「その……ごめんなさい」

 恭平さんが恋に前向きになるまではお友達として接すると言ったわたくしから、普通のお友達ではまずやらないようなことをしてしまったのですから、小泉さんが怒るのも無理はないですよね。

「そんなにしゅんとしないでよ。……怒ってないから」

「……ほ、本当、ですか?」

 てっきり非難されるものだとばかり思っていたので、小泉さんのこのリアクションは信じられなくて、つい繰り返し聞いてしまいました。

「本当よ。……それに、私も柊さんに言わないと、いけないことがあるから……」

「わたくしに、言わなければいけないこと、ですか?」

 一体なんでしょう?

 このタイミングなら、小泉さんもわたくしと同じで、普通のお友達同士がやらないようなことを恭平さんとしてしまったことをカミングアウトするのだと思うのですが……。

「…………きょーへーと、か……間接キス、しました」

「…………へ?」

 小泉さんは顔を真っ赤に染めながらも、まっすぐわたくしを見て言いましたが、わたくしは小泉さんの一言を理解して、思考が一時停止してしまいました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る