第103話 間接キス

 気がついたら、僕は瑠美夏にカレーが乗ったスプーンを差し出していた。

 自分でもなんでこんな行動にでたのかはわからない。

 前の……瑠美夏と付き合っていると信じて疑わなかった時の僕でさえ、やったことがないのに……。

 それ以前に、その時の瑠美夏はそんなことをしようものなら絶対に怒っていたはずだ。

 だけど、今の瑠美夏なら……僕を好きと言ってくれる瑠美夏になら、やっても平気かなと思ったのもまた事実だ。

 清華さんにリンゴを食べさせた時も思ったけど、こんな僕に告白してくれた二人に、いつまでも後ろ向きになっていてちゃんと向き合わないのはいけない。

 清華さんにはお願いされたけど、一度経験した今なら、自分から出来るのではないかと思ってやったんだけど……これ、なかなかに勇気がいる。

 もし瑠美夏が、僕に食べさせてほしいなんてまったく考えてなかったら、僕の一人相撲でめちゃくちゃ恥ずかしい結果になるんだけどね。

 そして瑠美夏は、僕の予想外の行動に上擦った声を上げたっきり動かない。だけど頬は赤い。これは……どっちなんだろうか?

「…………いいの?」

「え?」

 長い……それでいて僕にとってかなり羞恥心をかき立てられた沈黙のあと、瑠美夏はしぼり出すように声を発した。

「ほ、本当に……私に、私にもきょーへーから食べさせてくれるの?」

「……うん」

「っ!」

 僕が頷くと、瑠美夏の顔が一気に赤くなった。こんな瑠美夏……見たことない。

 ここで僕はあることに気づく。


 僕のスプーンを使うということは……か、間接キスじゃないか!!


 そう理解すると、僕の顔も一気に熱くなった。

 そうか……瑠美夏が赤面した最大の理由はそこだ。

 うわぁ……、僕はなんてことをしてしまったんだ。

 清華さんの時は、僕は食べなかったのでフォークを一本しか使わなかったんだけど、よく考えたら、この場合は瑠美夏のスプーンを使うべきだった。

 って、いつまでスプーンを出したままにしてるんだ僕は!? そうとわかったら急いで引っ込めないと!

「ご、ごめんね突然。いやだった───」

「嫌じゃないわ!」

 僕の言葉を途中で遮り、大声で否定したかと思えば、瑠美夏は顔を前に出し、引っ込める直前だった僕のスプーンをパクッと口にくわえた。

「あ!」

 瑠美夏がスプーンを口から離すと、カレーはきれいさっぱりなくなっていて、瑠美夏が僕のカレーを咀嚼していた。

 咀嚼している瑠美夏の顔がめちゃくちゃ赤くなっている。この反応から、瑠美夏も間接キスだということを理解しているはず。

 やがて瑠美夏はカレーを飲み込んだけど、スプーンを口に入れてから今まで、時間がとても長く感じられた。

 おそらく三十秒ほどのはずなのに、三分くらいに感じられた。

 その間、心臓の音がすごくうるさかった。

「きょーへー」

 カレーを飲み込んだ瑠美夏が僕をまっすぐ見つめる。顔は依然として赤いままだ。

「な、なに?」

「とってもおいしい!」

「っ!」

 顔が赤い瑠美夏は、僕に……僕だけに満面の笑みを見せてくれた。

 僕はそのどうしようもなく可愛らしい笑顔を見て、顔がさらに熱く、そして心臓もさらに鼓動を強く早くしていった。

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