第82話 元『悪女』はその身を差し出す
私たちの前に現れたその男は、ガムをくちゃくちゃと音を立てながら噛んでいた。
「た、
「お前の隣の女……噂の『悪女』だろ? へぇ……すげぇ可愛いじゃん」
「っ!」
立山と呼ばれた男は、私を舐め回すような視線で、上から下までじっくりと観察してくる……正直、気持ち悪い。
「……なんなんスか立山さん? 俺たち暇じゃないんですけど。用がないなら行っていいッスか?」
君塚は顔に嫌な汗をかいていた。
それだけで分かる。……この立山という男はやばいと。
「そうだな。用があるのはお前にじゃない。そこの『悪女』にだ」
立山は私を指さしヘラヘラ笑いながら言った。私も嫌な汗をかいてきた。
「わ、私……?」
「おぉそうだぜ『悪女』さんよ。なあ、今日は俺と付き合ってくれよ」
「え……?」
「前にお前が康太と一緒に歩いてるのを見かけたやつがいてな? だがどうにも付き合ってないっぽいからよ。そんなヤツと毎回って飽きるだろ? だから今日は俺と遊んでくれよ『悪女』さんよ」
こいつ……何を言ってるの?
君塚と一緒に歩いてるのを見たヤツがいるって……もしかして、きょーへーにアレをやってしまった日!?
私が色々頭の中がパニックになっていると、君塚が一歩前に出て私の前に立った。
「立山さん。悪いけどこいつは勘弁してくれないッスか?」
「……あん?」
「あんた……」
「小泉。この人は女グセが悪いことで有名でな。行けば確実にヤラれちまう。だから、俺はお前を渡せない」
「正気か康太? お前、俺に逆らうのか?」
立山は指をポキポキと鳴らしながら私たちを威嚇している。
なるほど……ようは、私と君塚に肉体関係があると勘違いしたこいつが、自分も私を抱けると思って来たってわけね……。
「確かにあんたには一度も勝てたことはない。だけど、こっちにだって引けない
「でも、それだとあんたが……!」
「俺は、こんな俺をダチと呼んでくれた男の頼みを果たすために、ここは絶対に引かねぇ! それにこいつはもう『悪女』じゃねぇ! 自分の罪を認め、傷つけてしまった好きな男をもう一度振り向かそうと頑張ってる女だ! 変わろうとしてるのに、横からしゃしゃり出て来んじゃねぇ! あんたは、お呼びじゃねぇんだよ!!」
「君塚……」
あんた……そんな風に思ってくれていたんだ。
それに、『俺をダチと呼んでくれた男との頼み』って……。
『ダチ』って、やっぱりきょーへーのことよね? じゃあ、きょーへーが君塚にした『頼み』って何よ?
「……言いたいことはそれだけか?」
「……」
立山が一歩私たちに詰め寄る。
私と君塚はそれにビビって一歩下がってしまった。気持ちで負けてしまっている。悔しい……!
「お前、その『悪女』がいるのに俺から逃げられるとでも思ってるのか?」
「くっ……!」
どうしよう……。今のこの状況、私が君塚の足枷になってしまっている。
なにか、なにか方法はないの? この状況を打開できるなにか! 考えるんだ……諦めたらダメ。
「ふっ、ならお前が俺の出す条件をのんでくれたら見逃してやるよ」
「……条件?」
「あぁ。なぁに、そんなに難しいことじゃないから安心しろよ」
そう言って立山は右の口の端を吊り上げた。
私より性根の腐ったような笑みが気持ち悪い。
「その条件って、なんだよ?」
「…………『聖女』」
「「!!」」
「『聖ルナの聖女』……いや、今は『新栄の聖女』か。とにかくそいつを俺の前に連れてこい。そうしたら『悪女』は諦めてやるよ。『悪女』と同じ学校に通ってるんだから出来るよな?」
私と君塚は耳を疑った。
こいつ、本気で言ってるの!?
私たちを見逃す変わりに、柊さんを差し出せと……私に、柊さんを身代わりにしろと!?
「……で、出来るわけないだろそんなこと! 俺にとったら柊さんもダチだ! ダチを売るようなマネなんて出来ねぇよ!」
「なら、大人しく『悪女』を差し出せよ」
「それも断る! ダチを売るなんて死んでもゴメンだ! 何度も言わせんなよ」
「……!」
こいつは、こんな私を……きょーへーを傷つけることに加担させた私を『友達』って呼んでくれるんだ。
友達が傷つくのは見たくない……どの口が言ってんだって言われそうだけど、私も同じ気持ちだ。
なら、私が取る行動は、ひとつしかないじゃない……。
「君塚……ううん。コータ、ありがとう。それからごめん」
私はコータの前へ一歩、また一歩、立山に向かい歩き出した。
「おい待て小泉! バカなマネはするな!」
「私も、友達には傷ついてほしくない。私がこいつに付いていけば、あんたも傷つかないで済むし、柊さんを売る必要もなくなる。だから……これでいいの」
「いいわけあるか! そいつに付いていけば、確実にお前が傷つく。そんなのは誰も望まねぇ! 俺も、柊さんも、上原もだ!!」
「でも、私が行くことで無意味に傷つけられる人がいなくなるのも事実よ。それに、こいつに付いていくことで少しでも私がやらかしたことへの償いが出来るなら、私は喜んでこの身を捧げるわ」
「ふざけんじゃ───」
私の肩を掴もうとしたコータの声と手が止まった。いや、立山によって止められた。
「女がこれほどの覚悟を見せたんだ。それを止めるなんて無粋なマネ、しねぇよ……なっ!」
その瞬間、私のすぐ横で鈍い音が聞こえて、後ろを振り向いたらコータが背中から地面に倒れていた。
立山に殴られたんだ……!
「コータ! ……あんたっ!」
「いいねぇ、威勢のある女は嫌いじゃねぇぜ?」
私はコータを殴った立山を睨みつけたが、こいつには一切通用しないみたいだ。
「じゃ、行こうぜ。『悪女』さんよ」
立山は私の肩を抱いて歩くよう促してきた。
こんな奴に肩を抱かれて、正直吐き気がする。
肩を抱かれるならきょーへーがいいなんて、おこがましいってわかってても思ってしまう。
「……ええ」
私は抵抗することなく頷いて、立山と一緒に歩き出した。
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