第65話 康太との内緒話
「なに? 君塚君」
「『聖女様』、ハンパないな。お前毎日こんな笑顔見てるのかよ?」
「ま、まぁ……」
「羨ましいが、心臓がもたなさそうだな」
実際僕も毎日ドキドキしているから、君塚君の気持ちは彼以上に理解出来る。
「しかしお前、いつの間に柊さんを名前呼びするようになったんだよ?」
「えっと、実は今日なんだ」
僕はお互い名前呼びにした経緯を説明した。
「は~なるほどなぁ」
「でも、名前呼びもこのデートが終わるまでだと思うけどね」
驚く君塚君に、僕はそれだけ言うと、少しだけ寂しい気持ちになった。
出来たらこれからも『清華さん』って呼びたいけど、それは清華さん本人も、屋敷の人達にも許してもらえないだろうな。
「いや、普通に考えて、このデート中だけってありえないだろ」
「どうして?」
「いくら付き合ってないとはいえ、あの『聖女様』が男と二人で遠出するとか、お前に特別な感情を持ってるとしか思えないだろ」
「えぇ!?」
いやいや、いくらなんでも考えが飛躍しすぎだよ!
清華さんが僕を好き!? そうなってくれたら嬉しいけど、これまで僕を好きになってくれそうな場面なんてひとつもなかったけど……。
「いや、やっぱりありえないよ。それに二人じゃなくて瀬川さんも一緒だし」
「あの人はボディーガードだから近くにいないだけだ。実質二人きりだろ」
「う~ん……」
僕と清華さんがお付き合い、か。まだまだありえない話だけど、もし清華さんと付き合えたら、絶対に毎日が幸せと驚きでいっぱいなんだろうな。
そう考えた僕の表情は自然と笑顔になっていた。
「俺が言うのもなんだがお前、前にもまして自然に笑えるようになったな」
「え? そ、そうかな?」
なんて誤魔化したけど、僕自身それは思っていた。
竜太も僕を気にかけていてくれたし、以前君塚君と話したときだって、最後の方には自然に話せれたし笑っていたと思う。
だけど、僕が今自然に笑っていられるのは───
「やっぱり柊さんか?」
「……うん」
君塚君が言うように、僕が辛いときに一番支えになってくれたのは清華さんだ。
今は一緒の屋敷にお世話になっているのもあるけど、清華さんは学校でも屋敷でも僕を気にかけてくれて、僕が一人にならないようになるべく傍にいてくれた。
僕がここまで回復できたのは、紛れもない清華さんのおかげが一番大きい。
「柊さんのこと、好きなのか?」
「そう、だね。うん」
僕は恥ずかしながら、自分の中に芽生え、そのつぼみが開花した感情を君塚君に話した。
「やっぱり変かな? ついこの間まで瑠美夏が好きって、付き合ってるって思ってたのに、二週間弱でこんなに気持ちが動いちゃうのは」
一年以上瑠美夏を想い続けていたのに、その気持ちより今は清華さんが好きって感情が日々大きくなっている。他の人から見たら僕は心の移り変わりが激しい男なのかもしれない。
「別に普通だろ」
だけど、君塚君のリアクションは僕の予想していたものとはかなり違っていた。
「そうかな?」
「俺からしたら、あんなことされた相手をまだ気にかけている方がスゲーって思うけどな」
「僕にとって、瑠美夏は大切な人だよ。あんなことをされても、それでも小さい頃から一緒に育った幼馴染なんだ。それだけは変わらないよ」
「そっか。……ま、お前はあいつの共犯者である俺も許して、こうして友達でいてくれるんだもんな。大したヤツだよお前は」
「君塚君……それで、そっちはどうなの?」
「そうだな。いい感じだと思う」
僕は、あの時ハンバーガーショップで君塚君に頼んだことの経過を聞いたんだけど、そうか……。そっちもいい方向に向かってるんだ。あの時見た表情も少し違ってたし。いい報告を聞けてよかった。
「そっか……よかった。申し訳ないけど引き続き頼むね」
「任せろ!」
「お二人でなにをお話してるのですか?」
清華さんが首を傾げながら言った。
もっと早くに言っても良かっただろうに……ここまで何も言わずに待っていた清華さんに申し訳ない気持ちになりながらも、その心の広さに改めて驚いていた。
「わ、悪い柊さん! じゃあ上原、俺もう行くわ。お邪魔みたいだし」
「じ、邪魔って……」
ま、まぁ……今はデートしてるから、これ以上君塚君と一緒にいたらさすがの清華さんもまた頬を膨らましかねないし、何より瀬川さんが乱入しかねない。
「じ、じゃあ君塚君、またね」
「おぅ、またな。柊さんも」
「はい。またお会いしましょう君塚さん」
君塚君は、そう言って笑顔で僕達から遠ざかって行った。
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