第53話 『悪女』は変わる決意をする

「最初からそう言やいいんだよ。お前は『悪女』なんだから、周りなんか気にするのはお前らしくねぇよ」

「あ、あんた! 私のそのあだ名、知って……!?」

 なんで? 私をそう呼ぶのは、一部の人間だけのはずなのに……。

「ちょっと小耳に挟んだだけだ。気にすんな」

「……気にするっての」

 その情報源はどこからなのよ。もしかして君塚? いや、でも二人は知り合いではないはず……。

「とゆーか、あんたの目的は何よ?」

「目的?」

「そうよ! この前体育館裏で話した時はあんなに私に敵意をむき出しにしてたのに……」

「それはお前も同じだろ?」

「ぐっ……」

 事実だから何も言い返せない。

「……悪かったわよ」

「……俺もな。悪かった」

「「…………」」

 沈黙が流れる。はっきりいって気まずい。

「俺の目的なんだが……」

 坂木か唐突に沈黙を破り、口を開いた。

「俺は、昔みたいに、お前と、恭平と三人で仲良くやりたいだけさ」

「あんた……」

「確かにお前が恭平にしたことは許されることじゃないし、俺もマジでムカついた。でも、昔のお前はそうじゃなかっただろ?」

 昔の私……確かに、小学生の中学年くらいまでは、きょーへーと坂木と三人でいつも遊んでいた。あの時は本当に毎日が楽しかったっけ。

 ……私、そんなかけがえのない時間まで忘れていたんだ。

「あの頃のお前は、俺たちと楽しく遊んでいて、純粋に笑っていたじゃねぇか。でも五年か、それよりもう少し前か……お前の親父さんとお袋さんが離婚しちまって、その頃からだよな?」

「……うん」

 五年前、私の両親は離婚して、今は母さんとこの家で暮らしている。

 離婚する前から、両親の仲が悪く、喧嘩も絶えなかった。そんなすさんだ家庭環境は、のちの私の性格にまで影響していって、だんだんときょーへーの態度がムカつくようになっていった。

 両親は共働きで、父さんより母さんの方が忙しくしていた。

 父さんは仕事はちゃんとしていたみたいだけど、家のことはまったくしなくて、休日は朝から晩までどこかに遊びに行っていた。

 それを怒った母さんが文句を言ったんだけど、父さんはそれを真面目に聞いてなくて、何度言っても全然改善されなかった。

 私がまだまだ手のかかる時期で、仕事と家事に追われ、その上父さんがそんな感じだったので、ついには両親は離婚してしまった。

「確かに過程はそうかもしれない。でも、私がきょーへーにしてしまったことは、そんな言い訳が通る範疇を超えてしまっているのよ」

「……だな」

 私も、出来るものならあの頃の私たちに戻りたい。だけど……。

「だからもう無理よ。私が、きょーへーの心も、あんたの願いも、元に戻らないくらいバラバラにしてしまった……」

 そう。きょーへーももう私には関わらないようにするって、あの時屋上ではっきりと言っていたし、私がきょーへーの想いも、坂木の願いも砕いてしまったんだ。

「……そうとも限らねぇぞ」

「え?」

 どういうことよ? もう二度と戻らないはずなのに、まだなにか手があるっていうの?

「今日、恭平と柊さんの三人でテスト勉強をしたんだが……」

「柊さん……」

 私は、柊さんの名前が出て胸の奥が痛んだ。

 あの『聖女様』にも、ずいぶん酷いことを言ってしまった。

「まぁ聞け。その休憩中な、恭平はお前を気にかけてたんだよ」

「そ、それ本当!?」

 私は坂木の言ったことが信じられなくて、坂木に詰めよった。

「……近い」

「う……ごめん」

 私は一言謝罪し、それから元の位置に座り直した。

 てか、なんであんたも気まずそうに顔を逸らしてんのよ。あんたモテるんだからこういうのに慣れてんじゃないの?

 坂木は「ごほん」と一度咳払いをして続けた。

「いくら好きだった相手とはいえ、あんなことをされたら、普通お前のことを憎くなってもおかしくはないのによ……」

「うん……。あの時、私はきょーへーならどんなことをしても私から離れていかない、私が好きで好きでたまらないからやりすぎがちょうどいいなんてバカな考えしかなかった。相手の、きょーへーの気持ちなんてこれっぽっちも考えてなかった」

「多分、お前があの屋上でキッパリと、恭平を『ペット』と罵っていたら、恭平の心は完全にお前から離れていただろうな」

「……」

 あの時、私の脳が咄嗟にストップをかけたことにより、私たちの関係がギリギリ修復不能にならずに済んだってことよね。

「まぁ、それでも難しいことに変わりはないがな」

「……わかってる。自分でまいた種だもん、枯らすのも自分でやるわ」

「枯らしきれるのか?」

「出来る出来ないじゃないの……やるの」

 私にはそれしかないから。可能性がわずかでも、ゼロじゃないなら喜んでやるわ。

「だが今はやめとけ。考えなしに突っ込んでもそのまま爆死するだらだろうからな。ちゃんと心を落ち着けて、恭平に何を言いたいのか、何を伝えたいのかを自分の中で整理してからにしろ」

「わかってるわ。それに、今きょーへーの元に行ったって、余計に動揺させるだけだろうから」

 考えなしに飛び込んで、それでまたやらかしてしまったら今度こそ全てが終わってしまう。ちゃんと考えて行動しないと。

「もしお前が動く前に恭平が柊さんと付き合ったとしても、お前はそれを甘んじて受け止めろよ?」

「それも……わかってるわ」

 あの二人が付き合ったら、ちゃんと祝福しよう。……涙は見せずに、笑顔で。

「変われよ?」

「わかってる。ありがとう……リュータ」

「おう。瑠美夏」

 私は変わる。もう『悪女』なんて呼ばせないくらいに変わってやる。

 マイナスからのスタートだろうが関係ない。やるったらやるんだ!

「とりあえず、今は明日からのテストをどう乗り切るかを考えろよ」

「テスト……」

 しまった。テスト勉強、何もしていない。

「ねぇ、リュータ。その……」

「はぁ、とりあえず帰ったら俺のノートを写真で送る。お前は暗記できる教科を勉強しとけよ」

「わかった。……ありがとう」

「なんか、お前が素直にお礼を言うの、違和感しかないな」

「ちょっと!」

「あっはは!」

 見てなさい。今にそれが当たり前になるようにしてやるんだから!

「あ、ねぇリュータ」

「なんだ?」

「きょーへーって、今はあんたの家で暮らしてんの?」

 きょーへーが隣の家から出ていって、今日まで私はきょーへーがどこで暮らしているのかを聞いていないでいた。

 その原因を作ってしまったのは他ならぬ私なんだけどさ……私が変わろうとする前から気になっていたことだから、やっぱり知っておきたい。リュータが私に話してくれるかはわからないけど。

「恭平なら、今は柊さんの家で暮らしてるぞ」

「え……?」


 色々と思うところがあったけど、今の私にはどうすることも出来ないので、とりあえず降りて母さんの片付けを手伝った。

テスト勉強をしようかとも思ったけど、モヤモヤしていたから頭より身体を動かす方を選択してしまった。

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