第30話 『聖女』は母親と昔を思い返す

 恭平さんの部屋をあとにして、わたくしは恭平さんの部屋の先隣にある自分の部屋に戻り、机で本を読んでいた時、わたくしの部屋のドアがノックされました。

 ドアを開けると、そこにはわたくしのお母様が立っていました。

 こんな夜にお母様がわたくしの部屋に来るのは珍しいと思いながら、わたくしはお母様と一緒に自分のベッドに腰掛けました。

「上原君、どんな様子だった?」

 どうやらお母様も恭平さんが気になるようです。

「えぇ。先程お話をしたのですが、恭平さんに少しずつですが元気が戻りつつあるようです」

「そう。この屋敷に足を踏み入れた時の彼は、顔にこそ出してなかったのだけど、どこか辛そうにしてたから安心したわ」

 やはりお母様も恭平さんに元気がなかったのを見抜いていたようです。

「それに、昔あなたを救ってくれた彼には、笑顔でいてほしいもの。あの時の恩を返すためにも、私もお父さんも、彼の望むことはなんだって叶えてあげるつもりよ」

「それはわたくしも同じです。あの時のことがあったから、わたくしは今もこうして元気に生活出来ているのです。あの時恭平さんが助けに来て下さらなかったら、わたくしは……」

 比喩表現ではなく、わたくしは当時、本当に恭平さんに命を救われたと思っています。

 あの時あの場所に恭平さんが来て下さらなかったら、わたくしは最悪……。

 恭平さんを好きになったのは、当時わたくしを助けていただいたからというのはもちろんあるのですが、その時の適切な処置、それからとても頼りになる方だと、幼いながらもわたくしの心に深く刻み込まれていたからです。

 だからわたくしは、あの時の恩を返したい。そして、恭平さんにわたくしを好きになってほしい───という不純な気持ちがあるのは百も承知ですが、これだけはどうしても譲れないのです。

「でもお母様。本当にいいんですか?」

「何がかしら?」

「その、わたくしが恭平さんと両想いになれた時は、恭平さんとお付き合いをしても」

 というのも、わたくしに縁談の話が来ているのをわたくし自身が知っているから……。

 お父様が経営する会社を考えるなら、その縁談を受けた方が有益になる。

 ですが、お父様もお母様も、わたくしには会社や家のことは気にせずに自由に恋愛をしなさい、と言ってくれています。

 わたくしが恭平さんをずっとお慕いしていることを知っているから……そんな優しい言葉をかけてくれるのだとわかっているのですが、どうしても今一度確認をしておきたく、お母様に尋ねてみることにしたのです。

「私もお父さんも何度も言ってるわ。あなたには、家のことは気にしないで好きな人と結ばれてほしいの。時代錯誤のお見合いなんて私たちは清華に強制するつもりはこれっぽっちもないわ。だから、あなたは何も気にせずに上原君にアプローチしなさい」

「はい……はい!」

 ありがとうございます。お母様、そしてお父様。

 だから、あとはわたくしが恭平さんを振り向かせることが出来れば……。

 必ず成し遂げてみせます!



 どういうこと!? あいつ、今日も帰ってこないなんて!

 私を放ったらかしにして、坂木と遊び呆けるなんていい度胸じゃない!

 おかげで今日の夕食もコンビニで買った弁当だったわ。

 どうせ今日も、あいつは坂木の家に泊まってるに違いないわ。

 あれから食器は水につけっぱなし、洗濯物も溜まってきているからさっさとあいつに家事をさせたいのだけど……。

 あいつはお人好しだから、きっと私の心配をしているはず。きっと坂木が私の家に帰さないようにあいつを縛り付けてるに違いないわ。

 上等じゃない。人のモノをあたかも自分のモノのように振る舞うなんて。

 とにかく明日、坂木に直談判してあいつを返してもらわなくちゃ! きっとあいつも私の身の回りの家事がしたくてたまらなくなってるはず。

 待ってなさい。私があんたを解放してあげるわ。

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