第4話 『聖女』は恭平の身を案ずる
数学の授業では、瑠美夏が当てられたのだけれど、僕のやった宿題が役に立って瑠美夏は見事問題に答えることが出来た。
それを見た僕は内心で自分のことのように喜んだ。
六限目も終わり放課後になった。
僕と瑠美夏は部活には入ってなく、放課後は家に帰るだけだ。
「よっ、恭平」
「あ、竜太。今から部活?」
竜太は今からバスケ部に向かうみたいで、授業から解放されてテンションが上がってるのが声でわかったけど、その表情はどこか心配するような顔だった。
「まあな。お前は……いつものか?」
「うん。早く行かないと良い食材買えないからね」
僕が部活に入らない理由、それは部活に入ってしまうと瑠美夏の夕飯が作れないというのが一番の理由だ。
瑠美夏は基本、家事は出来ないからいつも僕頼りだ。
僕は別に家事は嫌だと思ったことはないし、何より瑠美夏の役に立てるので、率先してこなしたい。
その瑠美夏は既に下校している。
教室を出るとき笑顔だったけど、何かあるのかな?
あんな笑顔、僕も久しく見てないから、それを見た僕は思わずドキッとしちゃった。
やっぱり自分の恋人の笑顔を見ると元気になる。
竜太の方に視線を戻すと、さっきより心配の色が濃くなった表情をしていた。
「……何か少しでも嫌なことがあったらすぐに言えよ」
「? う、うん」
「じゃあ、また明日な」
竜太は教室から出ていった。
本当、朝から何を心配しているのだろう?
まぁ、竜太の心配性は今に始まったことではないけど。
竜太はもう何年も僕に同じことを言ってきている。
だけど、僕は心配されることは何もなくて、ただ毎日が充実していて
そう思わせてくれている一番の要因は、やっぱり瑠美夏だ。
僕の幼なじみで今は大切な彼女。
瑠美夏の存在が僕の生きる原動力と言っても過言でないくらい僕は瑠美夏が大好きだ。
ここ数年は僕に対してはずっとぶっきらぼうに接してきているけど、それでも僕は瑠美夏が元気で過ごしてくれたらそれで良い。
恋人っぽい事はしたことはないけど、それでも僕はこの生活に満足している。
きっと瑠美夏は、僕とそういう事をするのが恥ずかしいんだ。
だから僕が触れると手で払い除けてくるんだ。
だから僕は高校卒業まで瑠美夏に過度なスキンシップはしないよう心に決めている。
高校を卒業するまでまだ二年以上あるけど、全然苦じゃない。
二年以上もあれば、瑠美夏のぶっきらぼうな態度も直って、小さい頃みたいな笑顔を僕に向けてくれるはず。
そしてゆくゆくは……。
「あ、あのっ!」
「!」
僕が瑠美夏との未来についての妄想をしていると、背後から女子に声をかけられた。危ない。もう少しで脳内でとはいえ、瑠美夏を汚してしまうところだった。
それにしても、すごく透き通るような声だったな。
そんなことを思って振り向くと、そこにはこの新栄高校の『聖女』こと、柊清華さんがいた。
柊さんも竜太同様、心配そうな視線を僕に向けていた。どうして二人ともそんな視線を僕に向けてくるんだ?
「上原さん、お疲れではありませんか?」
「え? ……どうして?」
確かに疲れてないと言えば嘘になっちゃうけど、瑠美夏の為の疲労だから、僕にとってはこの疲労さえも嬉しい。ちなみに僕はMではない。
「その、お顔の色があまり良くありませんし、目の下のくまもいつもより濃い気がして……」
「え?」
確かに昨日は家事が長引いたり、その後に宿題をしたりしたから少し寝る時間が遅くなってしまって睡眠時間もいつもより短かったけど、柊さんは何で僕の目の下のくまの濃さまで把握しているんだ?
僕の睡眠時間はいつも大体四時間くらいで、昨日は三時間あったかどうかの量だった。
睡眠時間が少ない自覚はあるし、目の下のくまも薄くだけどいつもついてるけど、瑠美夏の為に睡眠時間を削っているのは僕はむしろ誇らしいとさえ思っている。
「た、確かに昨日はあまり眠れてないけど……」
「それに、何度も欠伸を噛み殺していたのも見て、わたくし、心配になって……」
そう言って柊さんは自分の左手で拳を作り、右手でそれを包み込むようにして自分の胸に当てている。柊さんの大きな胸に柊さんの手か沈む。
というか、そんなところも見られてたのか。ちょっと恥ずかしいな。
でも、今まであまり話したこともないのに僕のことも心配してくれるなんて……やっぱり柊さんはみんなが言っているように『聖女』なのかもしれない。
「ありがとう柊さん。心配してくれて」
僕は笑顔でお礼を言った。
「い、いえっ!決してお礼を言われるほどのことでは……それから」
柊さんは顔を赤くして、胸にあった両手を後ろ手に組んで何やらもじもじしている。
「わ、わたくしのことは……せ、清華とお呼びください。……あの時みたいに」
「?」
柊さんは何か言ったみたいだけど声が小さすぎて聞き取れなかった。
まだもじもじしている柊さんをよそに、僕は時計を見る。すると、だいぶ時間が経っていた。
まずい!急いで食材を買って帰らないと瑠美夏の夕食の時間に間に合わない!
「それじゃあ柊さん。僕はもう行くよ。またね」
「あ……はい。また明日」
僕は柊さんに挨拶をして、急いでスーパーに向かった。
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