凍死

 冷たい人間だと、言われ続けて、言われ続けて、言われ続けて、ついに私自身、納得に至った。

 その次の日、左手の指先が第一関節程まで氷に覆われていた。氷は一向に溶けず、指先は不自由になった。次の日、氷は指の第二関節まで侵食し、第一関節部分は、もう駄目になっていた。医者に云ったが、科が違うとだけ言われた。

 次の日、次の日、と氷は私の体を侵食し、とうとう左腕の全てが壊死して機能不全になった。左腕が動かないため、仕事に支障が出始めた。家族も周りの人間も、私の氷に覆われた部分に触れ、そのあまりの冷たさに驚いてはいたが、氷をどうにかしてくれる人はいなかった。左肩に到達した氷は、腋の下、肋骨と下り、左足へと向かった。この頃には起き上がるにも苦労するようになっていた。

 左足の爪先の氷が右の爪先へと伝染り、入院する状態になった。病院では介助者が私の体を丁寧に湯であたためたが、氷が溶けることはなく、ただ「冷たいね、冷たいね」と困ったふうに口にしていた。脚の全てが壊死すると、氷は右上半身へと侵食を進めた。寝たきりとなった私の氷に、他の患者が物珍しそうに触れに来るようになった。「冷たい」「冷たい」と口々に言い、時に氷嚢代わりに、病で熱を持った頭を押しつける者もいた。私はそれを追い払うことも出来なくなった。皆、私を冷たいと言った。こころから言っていた。

 私の納得は正しく、私を納得させるに至った言葉達も、やはり正しかったのだ。

 

 ついに体の表面全てが氷で覆われた。私は自分を鎧のように覆う氷の中から、屈折した世界を覗くことしか出来なくなった。氷は、私に唯一栄養を与えている点滴にまで侵食し、樹枝状の霜をおろしている。辛うじて温度を保っていた心臓も、そろそろ冷たさに負けてしまいそうだった。氷の下で私の体はもうほとんどが壊死していた。瞼も凍りつき、薄目を開けたまま閉じることがかなわなくなった。粘膜が凍りかけているのか、辺りはほんのりと乳白色にぼけている。今は冬。患者達も私に寄りつかない。私に一番、冷たい、冷たいと言った人間が、すぐ横でごめんね、ごめんねと言っている。謝ることなどない。あなたの言ったことは正しかったのだから。このとおり、私の全ては冷たいのだから。誰も間違ってなかった。

 私は、冷たかった。冷たい人間だったのが、私の我慢が足りないために、ただ外にまで出てきてしまった。冷たい人間で、申し訳なかった。

 私の心臓が凍ったら、砕いて輸送に使うか、シロクマの檻にでも放り込んでほしい。せめて、冷たくて喜ばれるものになりたい。

 生前は本当に申し訳なかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

短編集 椎名S @siina_S

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る