1章

第3話 例えば

例えば、あの時あーしていたらこうなっていたのかもしれない。よくたら、ればという表現が使用される時があるが、この世界はまさにその通りである。あの時あーあしていたら、何も起こらなかったのかもしれない。だが現実はたった一言で世界変えていくことができる。



「蒼、あなたの名前は今日から蒼よ」その女性はおそらく俺の母親なのだろう。俺はあの時、あの時点でポールを救えなかった。そして神を殺した後になにを俺はしたのだろうか。



思いだせなかった。



ただ、この体は自分の体ではなかった。生まれ変わったのかもしれない。


俺が少しずつ目が慣れてきてわかったことはそこが大きな病院の中で、俺を母親が抱いている状態だった。母親の隣には看護婦さんがいた。


「元気な赤ちゃんですね。無事で何よりです」


「はい、これから大変かもしれないですが、この子と二人で生きていきます」



そして、俺は田中 蒼として新しい人生が始まった。



「ここがあなたの家よ蒼」


俺と母親が退院して向かった先は静かな団地のアパートメントだった。どうやら母親は父親と離婚をし、シングルマザーをしているらしい。


「二人で頑張って生きていこうね」



そう言って、俺は母親と一緒にアパートに入った。中には最低限の物しかなかった。


母親の名前は緑というらしい。



そして、ここは京都という都道府県らしい。


最初は自分に何が起こったのか理解できず、戸惑っていた。だが、少しずつ自分の状況を見ながらこの生活をとりあえず送ろうと思った。


母親はいつも俺の世話と仕事に追われていた。元々、高校を卒業し、事務の仕事をしているときに父親と結婚し、仕事を辞めた。離婚したため手に職らしいものがなく、社会の輪の中に再度放り込まれるようなった。


母親の両親はすでに他界しているため、頼れる人は誰もいなかった。


それでも、母親は毎日必死に就職活動をし、現在介護職として働き十年目になった。


俺もなんとか母親のサポートをしたかったが、全く体が思うように動かせず、幼少期はほんとに苦労をかけてしまった。


それでも小学生くらいになると少しずつ前の記憶があるため、母親の手伝いができるようになった。家事、洗濯、料理など小学生のころには一通りこなせるようになった。



ある日の放課後、小学校で三者面談をしている時だった。


「蒼君はすごいですね。なんでもできちゃうんですよ」小学生の担任の先生は俺のことをいつも褒めてくれた。


「いえいえ、この子にはお父さんがいないので。私がしっかりしなくちゃいけないのに。いつの間にか、蒼にいろいろ世話になっちゃって」


「そうなんですね。でもお母さん、ほんとに蒼君はうちの学級でも大助かりですよ。まるで、隣同士で喧嘩をしたりいじめがあったらいつも仲裁してくれますし。すごく大人びた子供です」


まあ、一度、大人になっているから当たり前なのだが。いつの間にか小学生になり、次は中学生になるのだろう。年を取っていく中で少しずついろんなことができるようになったが、いつも頭の中にあるのはポールのことだった。



あいつは今どこにいるのだろう。この世界にいるのだろうか?それともいないのか?



夕焼けが落ちる中でポールのことを思い出していた。



いつもポールがいたからどんなことがあっても楽しめた。だが、今、俺のそばにはポールがいない。


「お母さん、ごめん、先に帰ってもいいかな?」


俺は母親と担任の先生の面談が終わり、雑談が始まったので先に帰らせてもらった。



京都というところは様々なお寺や神社があった。俺は前の世界でもそうだったが、こういう建物が昔から好きだった。


帰り道、まっすぐに家に帰らずに適当に散歩をすることにした。


俺は京都市の市内を歩きながら街の風景を見ていた。季節は夏なので、まだ日が沈むには早く、また、学生たちも市内で遊んでいる姿が見られた。


俺は近くの六道珍皇寺という寺に着いた。ここはあの世とこの世を繋ぐという寺らしく、たまに俺はこの寺に行っている。


寺の中の地蔵を見ながら考えていた。


ほんとは死んでいるのではないのか?



そんなことを考えたこともある。転生したのではなく死んだ世界なのではないのか?


ここはほんとにどこなのか?自分という存在がいったいなんなのか?




生まれ変わってから様々なことを考えたがいまだにわからないことだらけだった。


日が暮れはじめ、そろそろ夜になる頃なので、家に帰ろうとしたところ


「あああーーーーーーーーーーーーーー蒼君だ!」

そこには長い黒髪の少女がいた。


この世界の俺の幼馴染の水野 あかりである。



「こんばんはあかりちゃん」



俺は軽く挨拶をするとすぐに俺に抱き着いてきた。



「蒼君、今日は蒼君会えなくて寂しかったよーーーーー」

そんな声をあげながら水野あかりは俺の体を強く抱きしめた。


外見的にも内面的にも小学生ながら発育がよく、普通にもてる少女だろう。


だが、水野あかりは現在小学校に行っていない。


詳しいことはわからないが、水野あかりはこの世界でもかなり特殊な病気のために小学校にいけない。




「蒼君はこんなところで何してたの?」



「三者面談の帰りだよ」



「へえーーーどうだった?蒼君は頭いいから先生や緑さんにたくさん褒められたでしょ?」



「そんなことないよ。普通だよ」



俺は可もなく不可もない答えを言った。


「それはそうと、あかりちゃんのお母さんはどこにいるの?一緒だよね?」

すると、水野あかりは先ほどの表情とはまるで別人のように

「あんな人知らないよ」


そう言って、俺の体から離れた。


「あんな人知らない。私にお母さんなんていないよ蒼君」


そう言って、水野あかりは


「じゃあね、蒼君」と言って、立ち去ってしまった。


水野あかりの家も母子家庭だ。彼女の母親は看護師をしており、俺の家と比べたら裕福な生活を送っているはずである。


水野あかりと彼女の母親とは昔から知り合いであり、よく遊んだものだが、水野あかりの病気がわかってから、彼女と会うことも会話することも減っていった。そして、彼女の母親をここ数年見たことがなかった。













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