夢の中の声

 中学二年生のころ、謎の腹痛とだるさで数日寝込んだことがある。

 いわゆる厨二、悩み多き思春期だ。いろいろというほどはないけど、嫌なことはあった。クラスの居心地は悪かったし、部活には友達が少しはいたが、先生は怖かったし、楽しくはなかった。好きな人には嫌われ、嫌いな人には好かれ、好きでも嫌いでもない人には嫌われていた。と、思っていた。多感だった、といえばそれまでだが、ともかくそのときは、ぜんぶ気のせいじゃないと思っていた。

 「死にたい」と電話をしてくる友達がいた。夜に、母親にたのみこんでその子のところまで連れて行ってもらったことをおぼえているが、記憶違いかもしれない。そうしたら彼女はへらへら笑っていて、どうしようもない気持ちになった。そのしばらくあと、なんでもないような顔でバイバイと言った日に、彼女は自殺未遂をした。

 授業中にお腹が痛くなった私を、だれも保健室に連れて行きたがらなくて、保健委員の女の子たちがじゃんけんをして負けた子が連れて行ってくれた。中二は、そんな年で、だから、身体も嫌だと言ったのかもしれない。あれは冬だったっけ? 忘れてしまった。


 それで、家で寝ていた。幸い、家の居心地は良かった。けれど何日か自分の部屋で寝たり起きたりばかりしていると、鬱々とした気持ちになってくる。授業に遅れてしまうこと、母親に心配をかける心苦しさ、そして、治ったらまた学校へ行かなければならないこと。熱はなかったが身体も心もだるく、顔はあぶらぎっていた。あのころは、寝込んでいなくてもしょっちゅう金縛りにあっていた。寝ているか起きているかわからない状態でうとうとしていたとき、ふと、声が聞こえた気がした。


「しっかりしろ! しっかりしろ!」


 耳元でだれかがそう言った。……というほど、実ははっきり聞こえたわけではない。たぶん、というか、絶対に気のせいだと、自分でもわかっていた。でも、そのときの私は、そう信じることにした。


 結局、体調不良の原因は「便秘」ということに落ち着いた。腹痛がなかなか治らないので「盲腸かもしれない」といわれて病院でレントゲンを撮ったら、「便が詰まっていますね」と言われたのだ。間抜けだし、なんだか中二らしいなと思う。そのうち、嫌々ながらもまた学校には行った。


 あの、夢の中の声は、まぼろしだ。そうわかっていながらも、学校や友達との人間関係から逃げるようにベッドに臥せっていた自分を、励ます声が欲しかったのだろう。同時に、あのとき「がんばれ」や「しっかりしろ」と言わずに休ませてくれた親には、いまでも感謝しているのだけれど。

 いま、ここまで書いて、もしかしたらあの出来事は中二じゃなくて三年生のときだったかしら、などと思い始めている。二十年も経てば、嫌なことも少しずつ忘れる。ときには、都合のよいことだけ覚えていたっていい。まぼろしの夢の中の声を信じた、あのときの私のことを、ときどき思い出す。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る