第十四話 VSティナリア

 師匠は言った。


『ティナリアはなぜ強いと思う? エルテル』


 その問いかけに、僕は迷う事はなかった。


『単純に強いのもですけど、一番は未来視みたいな先見だと思います』


 ティナを少し剣を打ち合えば分かる。まるで未来を見ている様な動きをする。聞けば、何か分かるというあやふやな回答だが、その力は本物だ。


『未来を見えている者に勝つのは至難の業』

『だな。ティナリアは読みの力が恐ろしい。だから、対策必須だ。だが俺が思うに、エルテルなら打ち破れると思う』

『……そうですか?』

『ああ。未来が見えようと回避できない最速の一撃。お前なら、できるはずだ』


 師匠はそう言って、やっぱり僕を買い被った。



 ◇



 師匠を打ち破った次の日、すぐに決勝戦はやってきた。相手は当たり前の様にティナ。

 ティナは準決勝すら十秒以内で勝ちあがってきた。対する僕も二回対戦相手に逃げられ、師匠すらも一太刀で倒した。そんな僕達の対決は非常に客を呼び、立見も満員。観客席はすし詰め状態だった。


「やあエル。すごい観客だね」

「うん。……緊張しない?」

「んー。もちろん!」


 ティナは凄い子だ。この観衆の前であろうと、マイペースを貫く。それもティナの強さの一つなのかもしれない。


「こんな観客の前だし、八百長はできないね」

「するつもりはないよ。そんなつまらない侮辱的な事はね」

「うん。それでこそエルだよ」


 八百長は剣に対する侮辱。何があろうとする事はない。


「本気でぶつかって、勝つ」

「存分にやろうよ。エル」


 剣を抜く。白龍と黒狼は今日この日のために僕の元にいるとばかりに好調。ティナも愛剣を抜いた。確か『天空』という剣だったか。帝国に伝わる名剣だ。

 もう言葉はいらないと、剣を構えあった。相対するティナには修行時代のワクワクを感じる。その心のままに向かいあい、耳に響く鐘の音と共に走り出した。


 ――剣と剣がぶつかり合う。


「へえ」

「っぅ」


 その一合いで、ティナの力量を理解した。恐ろしいほどの強さ。打ち合って手が痺れるなんて初めての体験だ。一撃で仕留めるはずの太刀に対する反応速度も恐ろしい物。


「はぁ!」


 でも諦める事はない。 

 ティナに練撃を浴びせる。速度に特化し、防御不能の攻撃。のはずだけど。


「凄いね、エルは」


 余裕で捌かれる。まるで未来を見ているかのような、的確な防御。これがティナの強さだ。


「行くよ」


 僕の練撃を全て防御したティナは、小手調べとばかりに攻撃に転じた。

 鋭い振り下ろし。たった一撃だが、受け止めるだけで腕が痺れる。


「つぅ――」


 追撃もギリギリでガードするが、受け止めるのは限界。

 余りに重すぎる攻撃。たった二撃で、僕は防御をできなくなる。次の攻撃を受け止めたら刀を落としかねないから、回避を中心に攻めるしかない。


 女の子相手に回避するしかないなんてかっこ悪いけど、しかたがない。

 一旦仕切りなおすために、ステップで距離をとる。


「強いね。ティナ」

「エルもね」

「うん。僕も強いよ。今からティナを超えるから」

「へー。期待してるね」


 張ったりをかます。この僅かな攻防で絶対勝てるという自信はコナゴナにへし折れていた。

 今は、どうやって勝つか全力で考える。


「はぁ。やるしかない」


 口の中で消えるぐらい小さく呟いて、覚悟を決める。

 いろいろ考えても、この極限の戦闘状態では上手くまとまらない。だから単純に考えよう。


 より速く、今より速くなる。

 ティナがどれだけ僕の行動を読んだところで、知覚できない圧倒的速度。僕はもっと速くなる。


「速く。――振れ!!!」


 一気に駆け出した。


「はぁあああああ!!!」


 その一撃は、誰にも見えなかったと思う。ただ一人、ティナ以外には。


「エルは、もっと速くなるんだね」


 刹那の一撃は。ティナに受け止められた。


「うん、もっとね」


 でも僕は笑った。

 こんなの序の口だから。僕はもっと速くなる。


「んー。楽しいっ。楽しいな。私とここまで戦える人。やっぱエルだけだね」

「そう。多分、僕もそう」


 僕とここまで戦えるのは、ティナただ一人だ。


「防戦一方は性に合わないね。私もいくよ!」


 ティナも攻撃に転じる。

 重く鋭く、当たれば死は免れないような一撃。


「当たらなければ、意味はない――」


 そう、当たらなければ良い。もっと、もっと速くなる。全ての一撃を回避して、僕も攻撃する。


 その様子は一種の舞いだったかもしれない。美しくて、儚くて。傍目から見れば何が起こっているのか分からない刹那の中でのワルツ。

 当初抱えていた不安は吹き飛び、あるのは強烈な喜びのみ。


「楽しい。楽しいね。あの頃みたいで」

「うん。僕は今がとっても楽しい」


 昔、昔の話し。僕達が出会い、二人で一緒に修行をしていた日々の話し。

 実力が拮抗していた頃。しかしティナは全ての能力が高く、僕はティナの劣化版みたいな能力だった。一重に拮抗できたのは、今までの良質な師匠の修行と絶対負けないという強い心。しかしそれだけでは勝てない。


 だから僕は、一つの事に特化する事にした。

 それが速度。


 速さは力だと、速ければ強いと師匠が言っていたから馬鹿正直に速さに特化した。

 結果的に、修行仲間からは力のティナリア速さのエルテルなんて呼ばれるぐらいにはなった。

 一時期ティナと拮抗して、時に勝ち越せていたのは僕に速さがあったから。


 結局速さに振り回され、白龍と黒狼の二刀を十全に扱える力もなくティナに負ける事になったけど僕にとって速さが力。


 もう速さには振り回されない。白龍と黒狼も手足の様に扱える。

 ティナと拮抗できている。


 どうやら僕は自分を低く見積もりすぎていたらしい。師匠もティナも言ってくれたのに僕は自分が弱いと思っていた。

 僕は強い。あのティナと打ち合えるほどにっ!


 僕は今世界一速い。観客の誰にも僕の姿は見えないだろう。

 今僕が見えているのはティナだけ。そんなティナも、もう僕を見る事はできない。


 とにかく速く、誰にも追いつけない速度で。誰も見えず、誰も知覚できず、気付けば斬られている圧倒的速度へ!!!




 僕は一つの到達点に達したと思う。

 その時、ティナも僕を見る事はできなかった。正しく認識していたのは僕だけだ。そんな僕も脳が焼き切れるほどの速さだった。でも心のままに僕は振るう。


 二振りの刀が繰り出したのは、僕の生涯で一番の一撃だった。

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