最終話 ハッピーエンド

 バウザー道場。帝都の外れにデンと構えたそれは、僕達の思いでの場所。 

 その近くの丘は、ティナと修行を重ねた場所だ。


 何度も戦い、倒れ、笑いあった丘の上。僕はそこに、ボーっと座っていた。

 白龍と黒狼を右に置き、眼下にそびえる道場を見つめる。聞こえてくるのは門下生達の修行の声。


「ひさしぶりだな……ここも」


 そう。何年ぶりだろうか。僕は思い出の地に来ていた。


「ここからの景色も……懐かしい」


 ぽかぽかとした太陽が、僕の心を温めてくれる。昔から、この丘は僕を穏やかにしてくれる場所だ。


「やっぱここにいた」


 ボーっとすればぴょこっと視界に可愛い顔が飛び込んでくる。ティナだ。


「修行つけてたんでしょ? 終わった?」

「うん。バッチリ。やっぱここは強い子多いね。さすがだよ」

「最近レベル上がってるしね」


 若くて強い子がどんどん出てくる。いずれ僕達を超える子も出てくるだろう。

 うかうかしてられない。


「うん。でも、負ける気はないね。私だってまだまだ成長するし」

「まだ成長するんだ。末恐ろしいね」

「ふっふっふ。これもエルがいるからだよ。私と競ってくれる人がいるから、私はまだ強くなる」

「そっか。僕も負ける気ないよ」


 バチっと火花が散った。

 互いに言葉もなく剣を抜く。


 ――そして打ち合った。


「はは。強いね、ティナは」

「うん。エルもね」


 打ち合えば、周囲から生き物が逃げていくほどの覇気が発する。

 でもどちらも傷つく事はなく、実力は拮抗していた。


「そう簡単に勝たせてはくれないわけか」

「そーゆー事」


 笑いあって、僕達は剣を納める。

 そしてティナも僕の隣に座った。


「ふぅ」

「……なんか、懐かしい気分」

「うん。ここで、騎士になろうって誓い合ったよね」

「そうだね」


 昔々の話だ。誓い合って、僕が一方的に破り捨てて。それでも何とか拾って叶えた誓い。

 あの時の約束をかなえられて、本当に良かった。


「騎士になる。……それ以外にもね、私は夢があったんだ」

「……なに?」

「んー。……エルのお嫁さんになたいって。そんな夢」


 横を見れば、珍しくティナが頬を染めていた。

 それを見て、僕もなぜか恥ずかしくなる。


「そっか。それは……」

「うん――叶った」


 その言葉にまた恥ずかしくなった。


「エルはしっかり私を打ち倒した。私にも見えない一撃で。気づけば倒れていた。そんな刹那の一撃で私を打ち倒した」

「……うん。約束通り。僕は打ち倒した」

「正直、分からなかった。本当にエルは私を倒せるのかって。でもやっぱ、エルは強いね」


 強い。しかしあの時は無我夢中だった。もう一度あの一撃を放てと言われても難しいだろう。あの時だからティナに勝てたとも言える。


「ありがとう」


 いろいろあっても、僕はそう言った。


「おーい新婚」

「……師匠」


 ちょっと沈黙に浸っていれば、どしどしと登ってくる男が一人。


「まだ、結婚してないですよ」

「でもするんだろ」

「はーい。えへへ。旦那さんです」


 ぎゅっとティナは腕を抱きしめてくる。


「そうかそうか。それは良かった。おめでとう」

「ありがとうございます」

「ありがとう師匠!」

「よし。一足先にお祝いしよう。今日は宴会だ」

「わーい。行くよエル」

「了解」


 お祝いにかっこつけて宴会したいだけでは。なんて無粋な事は言わない。多分そうだろうけど。


「エル、飲むよー」

「ほどほどにね」


 ティナと並んで丘を下りる。

 またティナとこう過ごせる幸せ。僕は噛みしめながら、笑った。



 ◇



 歴史上、帝国には強力な英雄が数多くいた。『始皇帝』アスカナ。『五千勝』ダルバルグ。『大剣豪』バウザーなどなど。

 その歴史の中で、同時期に二人の強力な英雄がいた事はたった一度だけだ。


 『天騎士』ティナリア・メープリア。

 『若獅子』エルテル・イグー。


 この二人は英雄の中でも特に最強と謳われた。その秘密は、競い合うライバル同士であったからであろう。他の英雄は常に孤独であったが、二人は競いあえた。それが成長の秘訣だと後の専門家は語る。

 穏やかな時代にここまで名を轟かせるのは異常であり、その強さが窺える。


 そして二人は夫婦であったらしい。とても仲良しで、生涯共に生きた夫婦だった。二人の生涯は語られ、物語となり、舞台となり。永遠に名を残したという。

 これはそんな二人の物語だ。

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「私より強い人と結婚します」と君は言ったから、僕は全力で強くなろうと思う 天野雪人 @amanoyukito

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