第十一話 予選

 この一週間、修行の日々だった。ここ数年の怠けを取り戻す様に全力で剣を振り、高見を目指す。その成果か強くなれたと思うが、ティナに勝てるかといわれれば頷く事はできない。

 ただしっかり対策はした。ティナと対戦した事のある者へ聞き込みをしたり、ティナがどう動くかよく考える。


 そしてちょっとずるいかもしれないが、僕の情報はなるべく隠した。かっこ悪いと言われればそれまでだが、正面から戦うのだ。それぐらいは許して欲しい。

 まあこすっからい手も使いつつ、僕は準備をして闘技大会を迎えた。




「おお。人がたくさんだね」

「予想以上。何日もかけてやるらしいしどれだけいるんだろ」


 闘技大会当日、僕とティナは闘技場にてその人の多さに共にビックリしていた。


「もぐもぐ。んー。まあ問題なし」

「そうだね。あむ」


 二人そろってこの日限定メニュー『焼き帝都饅頭』を食べていた。闘技大会の日にしか発売しないとてもレアな物という事で、袋に一杯買って食べ歩きだ。

 もちろんの事公爵令嬢がする様な事ではない。庶民の食べ方だ。

 こうなったのは当たり前のように僕のせい。僕とかかわった結果庶民的な子になってしまった。打ち首かもしれない。


「……結構おいしい」

「そうだね。僕はいつものが好きだけど」

「それは言えてると思うよ」


 二人で一緒に焼き帝都饅頭の感想を言い合う。打ち首とかもうどうでも良い事なのだ。手遅れだから。


「さて……受付しないと。そこでティナと別れるかな?」

「うん。私はとっても凄いからね。残念だけど」


 昔の栄光があるとはいえ、今の僕は無名の騎士。大してティナは帝国最強と謳われた騎士。

 僕は予選からで、ティナはVIP待遇で本選から。そもそもこれでも公爵令嬢であるからしっかりとした個室が容易される。


「エルなら絶対予選程度瞬殺だよ。私は信じているよ」

「もちろん。予選で負けていられない」


 予選で負けるなんて笑い種にしかならない。ティナに勝つには汗一つ垂らす事なく予選を潜らないといけない。


「まあ、行ってくる」

「うん。頑張って」


 一般受付の方へ僕は足を進めた。


「あ、饅頭持ってって」


 が、ティナの声でちょっとつまずいた。



 ◇



 ティナが向かう場所ではこんな庶民臭い食べ物を持ち込めないという事で、大量に買った焼き帝都饅頭は僕が持って行く事になった。

 受付を終わらせ、控室に入る。広いが、雑多に大量の参加者がいるため狭く感じる。その上熱気が凄い。換気もしっかりしているはずなのに、息苦しさを感じるのはみんなが燃えているからか、筋肉ムキムキの男しかいないからか。


「……待つか。あむ」


 開いていた椅子に座り、焼き帝都饅頭をほおばる。食事はやはり良い物だ。


「おいおい。悠長に饅頭なんか食って余裕だな」

「ん?」


 パクパクと食べていれば、ふと声をかけられた。


「あなたは……どなたで?」

「俺はザック。『鉄拳』のザックと言えば闘技場でも優勝候補だ」

「へー。凄いですね」


 初めて聞いた。優勝候補らしい。その割にシードじゃない。拳のメリケンサックを見るに格闘家なのだろう。


「おうともよ。それで坊主。まったく闘技場を舐めちゃこまるな」

「坊主じゃないですよ。大人ですよ」

「そんなひょろひょろで大人とは。また面白い冗談を」


 冗談ではない。確かにザックはとても筋骨隆々だ。他の参加者を見ても似たり寄ったり。それを比べれば僕も細身で子供に見えるかもしれない。心外だ。


「これでも強いんですよ?」

「はっ。そうやって調子に乗るのはいけないねえ。呑気に饅頭なんて食って舐めてるのもな」

「……なるほど」


 確かに試合前の控室で呑気に饅頭を食べるのは舐めてると言われてもおかしくはない。


「しかしとてももったいないのでやっぱり食べます……なんなら食べますか?」

「いるかっ!!」


 饅頭を差し出せば突き返される。


「くそっ。まあそれで負けて挫折して、また人は強くなっていく。今はそれでいいだろう」

「ありがとうございます」


 舐めているというわけではないのだけど、訂正する間もなくザックは去って行った。

 まあ人からどう思われるとかはあまり気にしない。だから問題なしと頷いて残っている焼き帝都饅頭を平らげた。


 結構おいしかったです。




 闘技大会予選。それはバトルロワイヤルである。

 そもそも大量の参加者がいるので、それを振るい落とすために試合場で戦わせて、最後まで残っていた者が勝利というとても簡単なシステム。


 バトルロワイヤルでは最後の四人になるまでやり、それを計三回。予選通過者十二名とシード枠の四名で本選を始めるというシステムだ。


 僕は初っ端、Aブロックからの出場だった。


 リングに上がる百人以上の参加者。広大なリングなのに、とても狭く感じる。

 それを取り囲む観客席も広大なのに、空席はなく立ち見も満員だ。


「これは。……とても規模が大きい」


 子供の頃、ティナと一緒に一度観戦に来た事があったがそれ以上に今回は多い。百回記念とティナの宣言が原因だと思う。

 ここから勝ち上がるのは至難の業と言えるだろう。


「まあ。やるだけだ」


 腰の刀に手を添える。名刀『白龍』『黒狼』。僕の一番信頼する相棒も万全だ。


「行くよ。しろまる、くろまる」


 参加者の殺気は最高潮まで高まった。観客の熱狂が聞こえる。

 僕は周りを見渡して、とある観客席を見た。シード権を持つ者と、高位貴族の出場者用の個室だ。そこに確かにティナがいた。


 ガラス張りの個室の中にいるティナと目があった。

 目があえば、ぶんぶんと手を振ってくるティナ。僕もぐっと手を突き出した。


「君の前には後どれぐらいで立てるんだろうね」


 でも勝ち続ければ良い。ただそれだけだ。


『さあさあお待たせしました!!』


 司会の声が聞こえる。闘技場に響き渡る声に、参加者が一斉に殺気だった。


『予選Aブロックバトルロワイヤル!!』


 ゴングはもう、鳴る。


『開始ですっっ!!!』


 巨大な鐘が鳴り響く。殺気は一斉に地響きとなって、争いが始まった。


「始まりだ。しろまる、くろまる」


 白龍と黒狼を抜く。争いが始まるリングの上で、僕は目をつぶって立った。

 他の参加者の影に隠れてまだターゲットにはされていない。しかし僕が目をつぶって棒立ちしていれば好機と見て襲ってくる奴も現れる。


「ひゃっはー。獲物みーっけ」


 声が聞こえる。迫りくる刃の気配も感じた。

 目をつぶっていても全てが感じられる。流れが、気が分かる。


 迫りくる全てを感じながら、僕は刀を滑らせた。


「踊ろう――」


 斬撃が周囲四方を切り裂く。

 僕の半径二メートルにいる全てを、切った。

 

 僕自身でも美しいと感じる斬撃。まるで踊っている様で、人を切った事で朱に染まれば更に美しさも残虐性もます。


「なっ。なんだこいつは」

「バケモンっ!!」


 僕の斬撃範囲外にいて、運よく生き残った者達は僕を恐ろしい物を見る目で見る。


「剣を振るうのは楽しいよ」


 でもそんなもの関係ない。さらに剣を振り、全てを斬った。

 逃げようと背を向けても、無駄だ。全てを斬る。


「はっはー。この『鉄拳』のザック様がっうわあああああ」


 斬る。全て切る。

 僕は走った。全てを斬るために。ただ速く。速く駆け、速く斬る。ティナの元へ行くために。

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