第十話 騎士

 帝国は少し揺れた。もちろん物理的ではなく、ティナの発表でだ。

 私より強い人と結婚します。そう宣言した。もちろん身分差も財力も関係なく、必要なのは強さのみ。強ければ、美しい公爵令嬢と結婚できる。戦士たちは沸いた。


 そしてティナは今度の闘技大会に出場する。そこで打ち倒せば……男達は夢を見た。

 もちろんティナの強さは有名だ。しかし疑う者も多い。所詮女だと侮る者も多い。だから、けして叶わぬ夢ではないと思われていた。

 まったく馬鹿な事だと思うけど。まあ僕にとっては関係ない。ティナを信じているから、心配もない。


 僕はやるべき事をやるだけだ。

 だから、僕は騎士団の本部の戸を叩いた。


「……君が入団試験を希望する者か?」

「はい。エルテル・イグーと申します」


 僕が相対するのは騎士団の人事部。僕はこれから、騎士団へ正式に入団しようとしていた。


「バウザー殿からの推薦もある。すぐに準備させよう」

「ありがとうございます」


 普通は年二回の入団試験をクリアしないといけない騎士団であるが、師匠の推薦と僕が死界大森林で狩った魔獣をいくつか提出すれば特別に試験を受ける事ができた。


 すでに申請していた為すぐに試験会場に移動する。

 とはいえ簡単なものだ。現役の騎士と戦って力を見せれば良い。そうすれば晴れて入団。憧れの騎士だ。


「剣は適当な物を選んでくれ」

「分かりました。……二本でも良いですか?」

「もちろんだ。強ければ良い」


 白龍と黒狼は預け、刃が潰してある訓練用の剣を二本物色する。他国じゃ剣二本など騎士失格と言われるところ。常識に縛られないのは帝国の良い所だ。ありがたさを感じながら、一番しっくりきた剣を二本選ぶ。


「誰が、僕の相手ですか?」

「そうだな。おーいお前来い」

「はい。なんすか?」


 人事部の人は試験会場を見渡して、近くを歩いていた騎士に声をかける。


「今から新人の試験をするから相手してやってくれ」

「りょーかいです。……てか雑用じゃん」


 僕の相手となったのは、少し見覚えのある男だった。


「なに? 弱いくせに騎士になろうっての?」


 確か僕に暴行を加えてきた騎士。彼が僕の相手だった。


「僕は、強いですから」

「へー。まあそういう調子にのった新人の教育も仕事っすね。どこまでやっていいすか?」

「ふむ。どこまでも」

「おっ。じゃあ死ぬ手前まで覚悟してみようか」


 彼は剣を構えた。その目には勝利への疑いはない。調子にのった僕をしつける妄想でもしているのだろうか。


「よし。じゃあ始めろ」

「おーし。死ねええ!」


 叫びながら走る。だがとても遅い。


「…………」


 少し後ろへ下がれば彼の剣は空振った。


「ちっ。すばしっこい」


 さらなる追撃も、見てから避けられる。いやどこに剣を振るか分かりやす過ぎる。


「ああああ! 何で当たんねえんだ」

「……それはね。遅いからですよ」


 そっと、彼の剣先を掴んだ。


「っ。なあああっ!?」

「力任せじゃ剣は雑になる。焦ればさらに雑になる。雑な剣はとても弱い」


 僕は彼の剣を離す。すると力任せに引き抜こうとしていた彼は、バランスを崩して尻餅をついた。


「お、お前は何なんだよ」

「これでも昔は最強の剣士でした」

「ば、馬鹿な事を言うんじゃねえ雑用があああ!!」


 起き上がって飛びかかってくる。でもそれも想定内。

 ちょっと横に歩いて回し蹴りを喰らわせれば彼は吹き飛んだ。


「あがっ」


 僕の蹴りで彼は地べたに吹き飛ばされ、気絶した。


「ふむ。勝負あり。……剣すら抜かないか」

「……彼がもっと修練を積んでいれば抜いてました」

「なるほど。まあ奴は調子に乗っていた。これは良い薬だろう」

「彼を僕の相手にしたのはわざとですか?」


 近くを通りかかったから声をかけた。様に見えたが、違うのだろう。


「君に叩きのめされれば目覚めるか。そう思ったのは事実だ」

「そうですか。……そうなれば良いですね」

「そうだな。まあ君は合格だ。今日から騎士だ。以上」


 人事部の人はそう言って、倒れた彼を担ぐ。


「こんな簡単で良いんですか?」

「君に試験など本来必要ない。エルテル・イグー」

「……分かりました」


 僕の事を知っていたという事か。僕も昔はとても強かった。すでに過去の話しで覚えている人もいないと思った。


「……まあこれで騎士か」


 子供の頃にティナと約束してあこがれた騎士。ふたを開ければ、あまりに呆気なくなる事ができた。


「……修行しよう」


 騎士になっても変わりはない。闘技大会に向けて。ティナを倒すために修行するだけだ。



 ◇



「やっ。おめでとエル」


 ぶんぶんと剣を振っていれば、背後からティナが声が聞こえる。


「やあ時の人」

「時の人?」

「今じゃ話題をかっさらってるだろう?」

「……そうかな?」


 自分では自覚がないようだ。ティナを手に入れるため、人々は沸いているというのに、当の本人はまるで気にしていない。負ける気はないのだろうけど。


「まあ良いけど。……仕事中じゃないの?」

「問題なし。闘技大会が近いって事でお休み貰ったから」

「へー。融通が利くね」

「私だからね。それに危険な状況でもないし」


 ティナが凄いから。それと今の情勢。二つの理由で休暇が取れたのだろう。護衛なんて普通はあまり休みもとれない仕事だ。


「それより。おめでとうだねエル」

「騎士になった事? 耳が早いね」

「エルなら大丈夫だって思ってたしね」

「そっか。それは嬉しい事言ってくれるじゃん」

「へへー。私はエルを信じているんだよ」


 えっへんと胸を張った。威張るような事じゃないが、とても嬉しい事だ。


「これで約束は守れたかな?」

「うん。一緒に騎士になれたね」


 心に引っ掛かっていた約束。捨てたはずだったのに、いつまでも僕の心を蝕んでいた約束をようやく果たす事ができた。

 とても簡単になれたのに、凄い達成感を感じる。


「後は私を倒すだけだよ」

「……倒すよ」

「お、もう勝てるつもりなのかなエル~?」

「勝つよ。ティナを誰にも渡すつもりはない」

「へえ~。嬉しい事言ってくれるね。待ってるよ」


 勝てるなんて言いきれるほど自信があるわけじゃないが、負けたくない。勝ちたい。その気持ちはとても強い。


「ねえエル。後少しだね」

「一週間後。始まるね」

「うん。楽しみだよ」


 楽しみ。それと同時に不安もある。

 でも結局やってくるから、僕は剣を振り続けるしかない。ティナに勝利する事を願って。

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