第九話 宣言

 緊張していた。僕がいるのは帝城。その門前。

 もちろんの事アポなんて取っていない。森から走って帰ってきて、その足で僕はここに来ていた。

 まあ僕の様な部外者が入れるわけがなく、門番に止められているのだが。


「貴様の様な下っ端騎士の入れる場所ではないっ! さっさと立ち去れ」


 門番は威圧たっぷりに叫ぶ。


「ティナリアに会いたい。それだけなんです。僕の事を伝えてくれれば良い」


 でもあまり怖くはなかった。森の魔獣の方が怖いと言ってしまえばそれまでだが、今の僕は無敵な気分。槍を首元に突き付けられているが、僕は門番の目を見た。


「『天騎士』殿が貴様などに会うわけがない!」

「……お願いします」

「っ無理だ」

「お願いします――」


 僕からティナに会いに行くには門番に頼むしかない。後はティナが僕の元へ来てくれるのを待つのも手だが、待ってられなかった。今すぐ会いに行きたかった。そして言葉を伝えたかった。


「お願いします」


 だからちょっと威圧してしまう。焦りに心を乱した。


「っ……だがしかし。帝城の門を守る物として。不可能だ」


 僕の威圧にひるんでも、門番は責務を忘れなかった。この心を持っているからこの門を任せられているのかもしれない。


「分かりました……」


 押し通る以外に道はなく、そんな道は選べないから……しょうがない。僕は背を向けて諦めるしかなかった。


「おうおうおう。仕事頑張ってるじゃねえか。しかし、しかしだ。俺の愛弟子の言葉を聞いちゃくれないか?」


 僕が門番に背を向ければ、いつのまにか背後にいた師匠と向き合う事になった。


「バ、バウザー殿!?」

「師匠? 森に置いてきたはずでは?」

「そうだよ! 師匠置いて勝手に走っていくとか弟子失格だろ」


 僕が先走りすぎて師匠を置いてきたはずだが、そこはさすが師匠。走ってきて追いついたのだろう。さすがだ。


「で、だよ門番。俺の事を知ってるよな?」

「も、もちろんであります。大英雄殿の事を知らぬものはこの国にはいませんっ!!」

「そう。で、こいつ俺の弟子なんだ。そしてティナリアも俺の弟子。まあ弟子の二人が久しぶりに会いたいって事だ。身元は俺が保障するから、ちょっとこいつが来た事をティナリアに伝えてはくれないか?」

「はいっ。もちろんであります!!」


 先ほどまで威厳たっぷりだった門番は、師匠の登場であっという間に借りてきた猫のようだ。

 これも師匠の実績だろう。英雄として、この国では尊敬を集めている師匠。師匠のおかげで僕はティナリアに会える。


 門番は慌てる様に部下に伝えて、師匠にペコペコとしだす。先ほどまでの威圧はどこにいったのだろう。


「ありがとうございます師匠」

「良いって事よ」


 師匠はそう言って笑った。




「エっっっルぅぅぅぅ!!!!」


 声が聞こえた。そして知覚できない速度で城から飛び出し、庭を駆け、僕にタックルしてきた。

 もちろんの事ティナ。僕はティナが胸に飛び込んでくるまでそれを認識できなかった。


「ティナ? ちょっとは落ち着きなよ」

「そんな事言ってられないよ。エルが私に会いに来てくれるなんて。ずっと夢に思ってたよ」

「大げさだなあ」

「そんな事ない! ずっと避けてさ。私はとっても寂しかったんだよ」

「それはごめん」


 それを言われるととても弱い。

 グリグリに頭を擦りつけてくるティナリアにもされるがまま。しかし柔らかな表情になったティナが可愛くてその頭をなでなでする。するとさらに深く抱きついて来た。


「ん~。さて。ところで今日は何の用?」


 たっぷり抱き合って、落ちついたところでやっと本題に入る。

 僕も堪能してしまう本来の目的を忘れかけていたため、コホンと咳払いを一つして仕切りなおした。


「ティナ。一つ、宣言しに来た」

「ふんふん。なに?」

「……取りあえず離れて」

「あう」


 シリアスな雰囲気が台無しだと、とっても近くにいるティナを引き離す。

 名残惜しそうだし名残惜しいが、人としての距離を取ればやっと本題に入る雰囲気を作れた。


「さて。僕は迷ったよ。ティナにいろいろ言われてね」

「……うん」

「師匠にも言われて、やっと結論が出せた。……僕は君を迎えに行くよ」


 まだティナに勝てるなんて胸を張って言えるわけじゃないが、僕はティナが好きなのだ。

 一緒に修行をしたあの日から、ずっと。好きだから、僕は剣を捨てた。剣しか愛さないと思っていた僕に、唯一できた愛する女性。そんなティナから逃げて、迎えに行けないとか男じゃない。


「ティナ、僕は君を倒すよ!!」


 だから叫んだ。ビシっと指を指して。僕が後戻りできない様、高らかに。


「……うん! 待ってたよ。その言葉!!」


 ティナも僕を待っていてくれた。心は通じ合っていた。


「ふっふっふ。でもね。そう簡単には負けないよ。本気でやって、本気でぶつかり合って、本気で私を倒しに来なよ。できるもんならね」

「……強気だね。昔から。そうだよティナはさ」


 覇気が渦巻いた。威圧がぶつかりあった。今この場は、幾千万の戦場と同等の場だ。


「おいおいおい。イチャイチャすんのも良いがここが帝城の真ん前だって事忘れんなよ愛弟子ども!」

「……そうですね。というかイチャイチャはしてません」

「はっ。さっきまでしてただろ」


 まあたしかに帝城の真ん前で抱き合って互いの体温を感じ合ったけども。


「確かに人前じゃ恥ずかしいよ。さあさあ私の部屋においでエル」

「……少しだけお邪魔するよ」


 宣言だけして帰るつもりだったが、両手で右手を掴まれて引っ張られては拒否などできなかった。

 師匠はがんばれよーと手を振る。僕はそれを尻目にティナと共に城に入る。


「天騎士殿のイメージが……」


 最後の門番の声がちょっと耳に残った。



 ◇



 シャワー。

 高位貴族のお屋敷にしかついていないとても凄い風呂。ティナリアの部屋にはそれがあり、僕はそれを浴びていた。

 森で数日凄し、魔獣を斬って斬りまくったため僕はボロボロ。汚れを落とさないといけないだろうと、シャワーを借りていた。

 特別な魔獣の器官を利用した物らしいが、ちょっと僕には分からない。まあ高いものだ。


「ふぅ。さっぱりした」


 たくさんの汚れを取り払い、心も体もスッキリした。洋服は騎士団の予備服が城にはありそれを借りる。

 鏡で変じゃないか確かめて、僕は風呂場を出た。


「やっ。お風呂上りはさらにかっこいいね」

「ありがと」


 リビングに行けば、開始一番にそう言われる。好きな子にかっこいいと言ってもらえるのはとても嬉しいものだ。


「……そういえば仕事中、だよね? こんな時に来て大丈夫だった?」


 流れでティナの元まで来たが、仕事中に来たならばとても邪魔をした事だろう。


「んー。だいじょぶ。ミーティちゃんは今日一日帝城の中だし、お城の中でまで護衛する必要はあんまないからね」 

「なるほど。でもごめんね」

「良いよ。それに私が護衛するぐらい危険な状況じゃないし」


 確かに今は穏やかな情勢だ。危険は少ないだろう。

 それに帝城は鉄壁の守り。そうそう暗殺者などが入りこむ事もない。ティナ以外の近衛騎士でも護衛は十分だ。


「という事で……エル、作戦会議だよ」

「作戦会議?」

「私より強い人と結婚します、とはお父様にしか言ってないからね。今私を倒したところで何だかんだ理由を付けて断られる事も考えられるんだよ」

「なるほど。そのための作戦会議か」


 僕も一応貴族。しかし何のとりえもないイグー男爵家の次男だ。とてもじゃないが名門公爵家ご令嬢のティナとつり合う身分じゃない。

 ティナを倒して結婚するなんていう抜け道も、僕の身分では握りつぶされる事も考えられる。


「じゃあどうすればいいんだろう?」

「そうだね。いろいろ考えたけど、やっぱり大々的に発表しちゃうのが良いと思う」

「……そうか。握りつぶされない状況にする。大々的に発表して……その上で沢山の目のある場所でティナを倒す?」

「そう! 私より強い人と結婚するともう高らかに宣言するよ。その上で丁度良い舞台がある」


 そう言って、ティナは近くの戸棚を漁り始める。


「これ。良いと思わない?」

「闘技大会? ……そういえば記念すべき百回目の闘技大会があったね」


 闘技大会。帝国中の腕自慢が参加する一年に一度の大会。他国から参加者が来る事もあり、百回目という事でとても賑わうだろう。


「ここなら沢山の人が来る。ここで私を倒したら、お父様も言い訳できない。私が高らかに宣言した上で、何万人の前で負ければね」

「完璧だね」

「でしょー。褒めて」

「凄い、偉い、完璧! とっても可愛い!」

「へへー。可愛いのは知ってる」


 そんなティナがとても可愛い。


「……でもさ、エル」

「なに?」

「私はそう簡単に負けてあげるほど弱くはないよ? エルは私を倒せるのかな?」

「さあね。倒せるって言えるんなら僕は剣を捨てなんてしない」

「そっか……」

「全力で挑むだけだよ」

「うん。……待ってるよ。私はエルは信じてるからね」


 八百長。それも手かもしれない。わざと負けるというのもありかもしれない。

 でもそれはやっぱりつまらない。バレた時のリスクもあるが、それ以上に剣への侮辱。


 全力でぶつかって、勝たなければ意味がない。


「僕も、そう簡単に負けてやるほど弱くはないからね」


 昔はたしかに負け続けていた。しかしさらに昔はしっかり拮抗していたのだ。

 あの頃の様に、強くなるだけ。あの時、無敵だった僕に。


 僕達は火花を散らした。闘志が燃え、笑みはこぼれ続けた。


「……という事でシリアスタイム終り! イチャイチャするー」


 と、いつのまにか燃えていた闘志はどこかへ行き、変わりにティナが飛びついてくる。


「わぷっ。もう……子供じゃないんだから」

「良いじゃん。スキンシップは大事だよ」

「……まあ、そうだね」


 もう少し、大人にならないとな。なんて思った。

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