第八話 ティナの心
私は剣が嫌いだった――。
天才ティナリア・メープリア。名門公爵家最高傑作と持て囃され、称賛されても良い気持ちにはなる事はない。私は、ずっと嫌いだった。
最初の切っ掛けは家族に恐れられた事。総騎士団長である父も、上級近衛騎士の兄も私に負ける事を恐れて嫌がらせまでしてきた。九つぐらいだった私を恐れて変わった家族。それまで尊敬していただけにその衝撃は凄く、私は剣が嫌いになった。
私は産まれながらに強く、私と戦った人はみんな剣を捨てていく。みんな私から離れていく。だから嫌いだ。孤独になるから。
私は自暴自棄に剣を振り続け、でもそれはただの弱い者いじめだった。けどそれが私の平静を保つために必要な事。空しくても、勝った瞬間だけは嬉しい。それが心を満たしてくれる。私は剣が嫌いだけど、剣を振ってるしかなかった。
捨てられたらどれだけ楽か考えても、周囲はそれを許してくれない。恐れて、離れていくくせに私が剣を振る事を求め続ける。やっぱり剣は嫌いだ。
そんな私は丁度十歳になった頃、騎士を夢見る子供たちの心を折り続けていた。だいたい三十人ぐらい。
しかしそれだけ心を折れば、さすがあまりに目に余るという事で、私は隔離される事になる。
『バウザー道場』そこが私を隔離した場所。帝国で有数の実力を持つ子供達を集めた道場らしい。私と同い年ぐらいの子が沢山いた。そしてレベルも結構高そう。でも、足りない。ぜんぜん弱い。一目見ただけで私は分かった。
初めの挨拶をする時、馬鹿にする態度を現さないよう必死だった。ここが帝国一かと溜息をつきそうになったが、何とか笑顔を浮かべて良い子そうに挨拶をする。何人かがそんな私に惚れたみたいだった。しょうがない。私は可愛いから。
でもそんな道場にも一人だけちょっと違う人がいた。明らかに違うオーラを放って、私にも普通の視線を向けているちょっと変わった子。
「よーし。じゃあ模擬戦始めるぞ」
道場主だったバウザーの言葉で、慌てる様にみんな立ち上がる。
模擬戦。今度もまた誰かの心を折るのだろうと心の中で溜息をつく。でもそれが今の私にとってのたった一つの楽しみだと、暗い笑みを浮かべた。
そんな私の相手は、ちょっと変わった子。名前はエルテルというらしい。そしてとっても変わっている事に、二本の剣を使う二刀流という奴だった。私もたくさん戦ってきて、初めて見る相手だ。
「えっと、よろしくねエルテル」
人当たりの良い笑みを浮かべた。これから絶望に顔を歪ませる事になるエルテルへの最後のご褒美みたいなものだ。
しかしエルテルは私に惚れる様子もない。不思議な子だった。
「よーし。じゃあ始めっ!!」
開始の合図が聞こえる。私はこの時負ける事なんて微塵も考えていなかった。私がこの時とっても天狗になっていたのは今でも思い出せる。性格もかなり悪く、外面だけなんとか取り繕っていたクソガキだった。
だから、私の積み上げて来た全てを、たった一振りで壊された時の事をあまり覚えていない。
プライドは粉々に砕け散って、天狗になっていた鼻先は叩き折られて、心は屈辱で踏みにじられた。
私はこの時、初めて敗北した。
◇
敗北。それはとっても悔しいものだ。私は敗北を与える側だけど、みんな涙を流して私を睨んでいたから分かる。でも本質では何も理解していない。私は負けた事がなかったから。それが初めて負けて分かった。
負けるのはとっても悔しい。涙がでて、声が漏れて、拳が裂けるほどに握った。だけど私は、同時にとっても嬉しかった。
私は一人じゃないと理解できたから。私と同じ道を歩んでくれる人が見つかったから。
エルテル・イグー。私と同じ場所にいる人。ちょっとおかしいかもしれないけど、私は負けた時エルテルの事が好きになってしまった。
今まで恋なんて知らなかったけど、恋ってこんなに尊い事なんだって思う。いつもエルテルの事を考える。会えば心臓が壊れるんじゃないかって思う。
初恋で、感情の制御も下手くそな私は感情を隠して、何とか平静を保って普通に接していた。でも心の中ではドキドキしっぱなしだったってエルテルが知ればどうなるだろう。
私はエルテルと出会ってから、一緒に修行をした時の事をよく覚えている。人生で一番キラキラ輝いていた思い出。
剣を交えたり、一緒にデートしたり。いつもエルテルといた。ずっと後ろをくっついていたり、エルテルを引っ張ったり。毎日が楽しい。人生ってこんなに楽しいんだって事を初めて理解できた。
一緒に騎士になる約束をして、その時あだ名で呼ぶ事にしたり。
「騎士になる。……それと同時に、私にはもう一個夢があるんだ」
「……それはなに?」
夢。そう騎士になる以外に。同じぐらい大切な夢がある。
「でもエルにはまだ秘密ー!」
「そっか。じゃあいつか聞かせてくれる?」
「うんいつか。……大人になったらね」
とても大切な夢だけど、それを言うのは凄く照れくさかった。
エルと結婚したい……なんて夢見がちな子供が言う台詞が、私にとってはとても大切な物だった。
全ては順調。障害は無い。まあこれから付き合っていくにあたって身分差という邪魔な物が現れるけど、力でねじ伏せるだけなのだ。。
そう私は誤認していた。とても大きな障害がある事に気付かなかった。
「僕は……ティナには勝てないよ」
いつからか、私とエルの勝率は開いていた。拮抗していたはずなのに、気付けばエルの勝率は一割を切っていた。
エルとの修業は私を強くするに十分で、私はどんどん強くなる。でもエルは成長速度はゆっくりだった。
そして気づけばエルは私に勝てなくなる。どんどん一方的になる。いつの日か、エルは姿を消した。
「ひさしぶり。ティナ」
数ヶ月後、再び現れたエルはとてもボロボロだった。
「エル。心配したよっ!!」
駆け寄れば、そのボロボロ具合が分かる。体は傷だらけ、服はほぼ切り刻まれていた。
「ねえ。どこ行ってたの? こんなボロボロになって!」
「北の『死界大森林』にね」
「死界っ!? とっても危険な所じゃんっ。何してたの!?」
「ティナに勝つ方法を探して、修行してた」
「修行……? そっか。じゃあ強くなったんだね。うん、じゃあしっかり休んで傷を癒してまた一緒に修行しよ?」
「ううん。僕は分かった。ティナには勝てない。だから道場も止めるよ」
「えっ……?」
その言葉は、私の心を抉るのに十分だった。
「……剣も止める。ティナともお別れだ」
「ま、待ってよ」
「僕はとっても、惨めだった」
私はエルを止められなかった。エルは少し微笑んで、私に背を見せた。拒絶を背負って私から去って行った。
どうすればいいのか分からなくなる。どうにもならない感情が心を締め付けた。
「エル。でもね。私はね」
誰も聞いていないとしても、叫ばずにはいられない。
「信じてるからっ!!」
私だから分かる。何人もの剣士の心を折ってきた私だから分かる。
エルはまだ折れていない。心の中に剣はしっかりある。だから、私は最後まで信じる。
エルテル・イグーの剣を信じる!
◇
それからエルは騎士団の雑用になった。何度か会いに行こうとしたけど、避けられているからか会えなかった。
会いたくないならばエルの事を尊重しようと私も会わないようにしていたが、さすがに何年も会えないのは限界だった。という事でついに私は動き出す。
最後の手段で、私はエルの部屋を突撃する事にしたのだ。えっへん。
しかし残念な事にいなかった。というかお昼に来ても仕事中だという事を忘れていました。
そうするとちょっと冷静になる。狭い部屋にはエルのベッドしかなかった。だから……そこに腰掛けてしまうのも必然な事。そしてほんのちょっとだけやましい気持ちになっちゃうのも必然……。
「……エルがここで寝てるのかー」
ちょっとドキドキしながらベッドに寝そべる。久しぶりなのに、まるで変わっていないエルの匂いがした。
「えへへ。エル~」
毛布を被れば、エルに抱きしめられている気分になれた。ボロボロの毛布のはずなのに、私にとっては最高級の羽毛布団みたいだ。
とっても久しぶりにエルを感じた。最初はドキドキしていた私だが、しだいに落ちついてくる。懐かしさを感じて、いつのまにか眠っていた。
とっても。とても良い夢を見た。久しぶりに最高の熟睡ができた気分。だからその後、久しぶりにエルに会っても落ちついて昔の距離感で接する事ができた。
エルに会って、やっぱり私は安心した。エルの剣は折れてないって事が分かったから。
不安はない。エルは必ず私を迎えに来てくれるって、思えたから。
その後も久しぶりのデートはとても楽しいし、エルを私の部屋に招いてソファに並んで座ってポカポカとした幸せな気持ちになれた。
その結果、いろいろポロポロこぼしてついつい迎えに来てって叫んでしまったり。
私はエルを信じていた。私がエルの事を大好きな様に、エルも私が好きだって。
だからずっと待っている。
『ティナ、僕は君を倒すよ』
そんな言葉を。カッコイイ宣言を。何より嬉しいエルの言葉をずっと、待っている。また一緒に剣を打ち合える日を夢見て。
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