第四話 デート
デート。それは昔、まだティナとライバルと呼ばれていた頃。二人でよく遊びに行っていて、その時にデートなんて名前がついた。
その時は恋愛感情があったわけではないが、あまり物を知らなかった為に普通にデートなんて言葉を使っていたが今じゃこっぱずかしい思い出だ。
というのに、ティナは昔の感覚で普通に遊びにさそってきた。まあ恋愛感情なんてないだろうが、少しドキっとしたのは内緒だ。
とはいえ断りたいという思いはあった。ティナは距離を感じさせずに話しかけてくるが、もう何年振りだ。いったい何を話せばと思う。
しかし目を輝かせて返事を待つティナに嫌だ何て言えない。そしてほんのちょっと行きたいと思ったのは内緒。
だから僕達は、久しぶりに二人でデートをしていた。
「あはは。久しぶりだなぁ。ここも」
「ここにティナを連れてきたのは黒歴史だよ」
ここは帝都。その庶民が暮らす区画だ。
「んーん。エルが私の知らない所にたくさん連れて行ってくれたのは私にとって素晴らしい思い出だよ」
「それなら良かったよ」
ティナはこれでも公爵令嬢。そんなティナを、幼いころの僕はこんな庶民の暮らす所に連れてきてしまった。今じゃ考えられないが、昔は剣の事しか考えていない馬鹿な子供だったんだ。
「ねえねえ何食べる? 串焼き? 何年ぶりだろ。あっ、帝都饅頭。エルっ食べよ!」
「昔は平気で食べさせてたけど今はちょっと怖いよ。ティナは公爵令嬢様でしょ」
「ノンノン! 今の私はただの町娘だよ」
「恰好だけね」
そう。さきほどまでは仕事帰りという事で騎士の正装だったが、都に行くなら騎士の格好じゃダメだろうと、景色に溶け込める様に町娘が着る様な服を着ている。
しかしそのあふれんばかりの美貌は抑えられず、周囲から注目のマトだ。大方周囲からは、お忍びのお嬢様とその護衛の見習いお付きとして見られているだろう。
「ま、だから食べて良いんだよ。帝都饅頭買おう」
「……しょうがない」
今更だ。というかすでに手遅れ。公爵令嬢の舌を庶民舌にしたなんて殺されかねないのだ。僕の命も風前の灯火かもしれない。
溜息一つして屋台に並び、帝都饅頭を二つ購入する。
「あむっ。んー。美味しい! エル、帝都饅頭美味しいよ。これ昔から好きだったな」
「よく一緒に食べたよね。あむ……懐かしい」
帝都で作られたただの饅頭。略して帝都饅頭。帝都名物とかそういうのではなく、ただあやかっているだけだ。
そんな帝都饅頭は、子供の頃のデートでは定番のものだ。僕の家は名ばかりの貴族なのでお金はなかったけど、僅かなお金で買っては二人で半分こしていた。ティナも公爵令嬢ながらお金を持っていなかったので、馬鹿な子供だった僕はティナにこんな安物を上げていたけど。
「他にもいっぱいある。ここはいつもお祭りみたいだね」
「観光地としても有名だからね」
庶民が暮らす区画であるけどいつもお祭りみたいで観光客も多い。それがさらににぎやかさを加速させて露店もたくさん出る。という循環を生み出していた。
「いろいろ食べたいけどがまんしておこうかな。太るのも嫌だし」
「ティナは太ってないでしょ」
「ほんと? へへー。でしょ」
自覚していたらしい。この前ちょっと見たからわかるが、とても美しい体をしている。誰もが羨ましがるような体だ。
「まあ。……腹ごしらえも済んだし子供の頃行ってた場所に行こっか」
「うんうん。行きたい!」
意見が一致し、僕達は移動する。
目的地は帝都でも有数の区画。一二区、工業区だ。
◇
帝国は戦いの国と言っても良い。戦士が多く、みんな血の気が多いのだ。だからその分武器開発も盛んだ。
帝都の工業区は、日夜さまざまな武器が作られる場所。僕達剣士にとっては天国みたいな所だ。
「ここも、ひさしぶりだなぁ」
「ここにも来てないの?」
「うん。私は近衛騎士で、王族の警護が仕事だからね。お城から出ないし……エルもいないし」
「そっか……」
昔は良くここに来ていた。二人揃って、ショーウィンドウに張り付いて飾られた名剣を眺めていた。
今じゃティナも、僕だって来ていない。本当に久しぶりの工業区は、昔のまま。しかし変わっている場所も沢山あった。
「懐かしいなあ。んー……昔より賑やかになってる?」
「そろそろ闘技大会があるしだからじゃない?」
「なるほど。確かにそうだね」
いつもより人の多い通り。たくさんの剣士や騎士らしき人が武器を眺めていて、路上オークションも盛んだ。とはいえ僕達には関係ない。
「まあ、工業区といえば……まずはここか。ティナ、変わってないね」
「うん。しろまるとくろまるもここで見つけたっけ」
工業区の目玉。古刀や駄作。なまくら何かが捨て値で売られている場所。金のない子供の頃の僕達にとって、ここが唯一剣を買える場所だった。
『白竜』『黒狼』も珍しい東の国の剣として売られていたけど、変な剣だと誰も買わずにここに流れてきた過去がある。それを目敏くティナが見つけて、今や立派な相棒。それはとても感謝している事だ。
「うわっ、……でかいバスターソードだ」
「ホントだっ。巨人が振り回すのかな?」
乱雑に置かれた剣を物色していれば、壁に立てかけられていた巨大なバスターソードを見つけた。
ティナの言う通り巨人が振り回すのだろうか。二メートルはある。もちろん誰も使えないからここに置かれているのだろう。捨て値なのに誰も買ってない。
「私なら振り回せるかも」
「冗談……じゃないか」
細腕からは考えられない怪力を誇るティナだ。子供の時でさえ大人と打ち合えたのだ。今ならあのバスターソードも扱えるかもしれない。
「ねえエル。この弓、弦が切れかかっている」
「以外に高い。見た目じゃわかんないからね。この剣も錆びだらけなのに高いし」
「たまに掘り出し物があるけど九割九分ガラクタしかないからね」
「それがここだからしかたないけど」
そう言いあって、ティナと一緒に見て回る。気が進まないとか言いながら、僕も楽しんでいた。
ティナと一緒にいるのは心地が良い。何年ぶりという距離感を感じない。やっぱり僕は。
「ふふ。楽しいね」
「うん。あっ、良いダガー」
ふと目にとまったダガーを手に取る。綺麗な刀身に見惚れていれば、また横からティナのクスクスという声がした。
「なに?」
「んー。私はやっぱ、この時間が好きだなって」
「……武器を見るのは好きなの?」
「それもだけど……」
「……?」
「私は、エルの横顔が好き」
「っ……」
思わず息を呑む
少し頬を染めてほほ笑むティナに見惚れたから。好きという言葉に心臓が高鳴ったから。両方の理由で僕は静止した。
「ここで武器を眺めているエルの瞳は一番輝いてる。私にとって、それは昔から好きな光景。私に剣の楽しさを教えてくれたエルの、一番輝く光景! だから……私はこの瞬間が好き」
「……そっか」
「うん。だからエルがいなくなって、寂しかったな」
「……それは。ごめん。会いたくなかったんだ」
「うん。私こそごめんね。会いたくないのに会いに来て」
「いいよ。想像してたほど、大した事はなかった」
剣を捨てたつもりでいた僕は、どんな顔をしてティナに会えばいいか分からなかった。
でもティナはそんな僕を笑わないし、昔と同じ距離間で話してくれる。結局僕が悪い方に想像していただけで、意外と会ってみれば何ともなかった。僕はやっぱり情けない。
「そっか。……じゃあさ、この後も大丈夫?」
「今日一日は暇だから最後まで付き合うよ」
「うんうん。じゃあさ、飲みに行こうよ」
「飲みに?」
「私達はもう大人。お酒に決まってるじゃん」
そう、ティナは言った。
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