第12話 伝えるか、伝えないか

「先生、お願い。本当のことを話して」


 突然、天音さんがそう言った。


「へ?」


 唐突に言われ、僕は思わず間抜けな声を出してしまった。


「何も言わないけど、本当は私の病気わかってるんでしょ? お母さんも最近隠し事してるみたいだし……私だけ知らないのは嫌なの。教えて」


「…………」


 僕は何も言えずに顔を逸らした。けれど、天音さんは逆に身を乗り出してくる。


「お願い、先生。私の病気が何であっても受け入れるから。教えてほしいの」


 ……そんなの、できないよ。


「……ごめん」


 僕がうつむいたまま謝ると、天音さんは乗り出した身を引っ込めた。


「……先生の、バカ」


 小さな声だった。けど、僕の心に嫌というほど刺さった。


(……ごめん。本当にごめん)


 口には出さなかった。けど、心の中で何回も繰り返した。



「――先生」


 何も言えないまま天音さんの部屋を出た僕は、再び沙雪さんに呼び止められた。


「沙雪さん」


「……あの子……最近、食事もあまり摂ってないんです。ずっと悩んでいるみたいで……」


「……確かに、少し痩せていたような…… ……そこまで、ですか」


 沙雪さんはうつむいた。


「もう、私も黙っているのが耐えられなくなってきて……」


「ですが、天音さんにこのことを伝えて、天音さんがどうするか……」


 僕は目を伏せた。


「それはわかるんです。でも……! あの子が……」


 沙雪さんの目は潤んでいる。


「…………」


 僕は何も言えずにうつむいた。


 天音さんは、沙雪さんにあれこれ訊いたりしてないんだろうな。独りでずっと、我慢してる。理由はわからないけど月歌さんも最近来てないみたいだし。


(言うべき……なのかな……)


 僕にはわからない。どうすればいいのか、何をすれば正解なのか。本当のことを伝えても、天音さんは苦しむことになるだけだ。けど、伝えなくても独りで苦しむことになる。


(どっちに転んでも結果は同じか……なら、言う、か)


 確かに、天音さんが本当のことを知って苦しむのは嫌だ。けれど、話さなかったら、天音さんはもっと苦しむことになる。だって、病気のことは何もわからないんだから。それなのに、周りの大人は知っている。自分だけ置いてけぼりを食らった気分だろう。


 明日、話そう。今日は時間も遅いし、一回落ち着いてからの方がいい。


 僕は沙雪さんにそれらを伝えて家を出た。


 ―――――――――――――――――――


 

 未姫の墓参りを終えた僕は添えていた金平糖の瓶の蓋を開けて一粒口に入れた。


「……あま」


 思わず顔をしかめてしまう。


 甘いものが苦手な僕にとっては砂糖菓子なんて天敵みたいなものだけど……何故か、食べてしまった。


「何してんだろうな」


 金平糖の瓶の蓋を締めた僕は立ち上がり、空を見上げた。次々に流れ落ちる流星群をぼんやりと見つめる。


「……きれいだな……」


 どうしてだろう。天音さんを奪ったのはあの流星群だったのに。何できれいだと思って、眺めてしまうんだろう。


 僕は、ちょうど五年前の今日を思い出した。


 ―――――――――――――――――――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る