第11話 医者の過去

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 僕は町外れのお寺に来ていた。街灯もない暗い墓地を通り、ある墓石の前で止まる。


 線香を添えて、さらに小さな瓶に入った金平糖を置く。


「ペルセウス座流星群が見えるよ。――未姫みき


 僕はそっと墓石に話しかけた。



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「……先生、ちょっと訊きたいんですけど」


 天音さんがそう切り出したのは、沙雪さんと話をした二日後だった。


「なんだい?」


 床にあぐらをかいていた僕は思わず背筋を伸ばして訊き返した。


「私が前に窓を開けてた時、先生私のこと呼び捨てにしてましたよね? あれって何でですか?」


 一瞬、言葉に詰まった。……話していいことなのかな。でも、気になるよな。


「……そうだね。その理由は僕の過去に理由があるから話が長くなるけど……それでもいい?」


「はい」


 天音さんは真剣な表情で頷いてくれた。


「……僕ね、妹がいたんだよ」


 僕は持ってきていたバッグから写真を取り出して天音さんに見せた。


 それは十年以上前に撮った写真で、高校生の僕と中学生の妹が咲き誇る桜の木の下で笑っている。


「三歳年下で、少し恥ずかしがり屋だったけど勉強できて、ちょうど天音さんみたいな感じかな。……もう死んじゃったけど」


「え……?」


 天音さんが目を見張る。


「……妹――未姫が中学三年生のときだよ。未姫が病気になってね。未姫は知らなかったけど、余命三ヶ月って医者に言われてさ……けど、未姫は半年経ってもまだ生きてたんだ。生命力が強かったんだね。だから僕は医者になろうとしたんだ。猛勉強して医大に受かって、未姫の病気の研究して……絶対に治すって未姫に誓ったんだ」


 僕は写真をそっとシャツのポケットにしまった。


「……けど、僕が大学四年の時に未姫が遂に亡くなったんだ。元々余命三ヶ月って言われてたから四年も生きてたなんて奇跡でしかないし、言い方悪いけどいつ死んでもおかしくなかったからさ…………それでもやっぱり、あれだけ誓ったのに守れなかったことが悔しくて。だから、僕は全力で患者と向き合ってきた。大変だったけど、皆が治っていくのは嬉しかった」


 うつむいていた僕は顔を上げて天音さんをまっすぐに見据えた。


「僕はね、未姫と天音さんを重ねてたんだ。雰囲気がどことなく似ていてつい、ね。だからあの時、思わず呼び捨てしちゃったんだ」


「……そうなんですか」


 天音さんはバツが悪そうにうつむいた。


「……ごめんね、こんな話しちゃって」


「いえ、私が訊いたことですし」


 頭を振った天音さんはそっと微笑んだ。


「……話してくれて、ありがとうございます」



 家に帰った僕はソファに寝転んでいた。


「今日も話せなかったな……」


 自分の過去を他人に話す日が来るなんて思いもしなかった。けどまあ……たまには、いいか。けど、天音さん自身のことはまだ話せていない。


 なんて切り出せばいいのかわからない。どういう言い方をしても天音さんがショックを受けるのは変わらないんだから。


「どうすればいいんだろう……」


 今まで、患者に余命宣告をすることは何度かあった。相手はまだまだ未来があったはずの子どもたち。その度に胸が痛くなったけど、今回は別格だ。痛いどころか話せない。


「医者失格だな……」


 右腕を目の上に乗せ、僕はそうぼやいた。

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