第6話 喧嘩

「……ねえ天音。あの先生のこと、どう思ってるの?」


 私――月歌は、星野先生が部屋を出て行ってドアが閉まってから、箱の中に入れた天音に尋ねた。


「どうって……」


 天音が箱の扉を開け、這って出てくる。


「どういうこと?」


「信用してるのかってこと」


「どうだろう……」


 天音はその場にぺたんと座り、顎に人差し指を当てた。流石というか、仕草があざとい。そりゃあ、学年一のモテ女と言われるよ。天音は誰とも付き合ったこと、ないみたいだけど。


「……悪い人ではないと思ってるよ。最近先生の目の下にクマができてるから、遅くまでなにかやってると思う。多分、私の病気を調べてる」


 その上頭もいいと来た。……悔しい。もちろん天音のことは親友だと思ってるし友達として好きだけど、こういうところはちょっと嫉妬しちゃうかも。


「……心配なんだ。倒れたりしないかなって」


 ……他人ひとのこと心配してるヒマあるの?


「……ねえ、天音。それより、自分のことを……」


 私が言いながら天音の痣の部分に手を伸ばす――けど。


「触らないで!」


 天音は痣の部分を手で隠して私から離れた。


「天音……?」


「あ、いや……ほら、触るだけで伝染るかもしれないから……」


 慌てたように弁解する天音から目を逸らして、私は伸ばしかけた手を静かに下ろした。


「……ごめん、帰る」


 私は置いていたバッグを持ってドアに向かった。そして天音を気にせずにドアを開け、部屋を出る。


「月歌――」


 天音が何か言っているけど聞こえない。


 私はそのまま階段を降りた。


 曇っている空を見ながら、ため息をつく。


「ハア……気まずいなぁ」


 私の手を払った天音の、少し引きつった顔が脳裏にチラつく。


 何でそんなに怖い顔してたの? 私の手を払った理由は?


 訊きたいことは色々ある。けど……今は会えないな。天音だって気まずいはずだから。少し時間おいてからまた来よう。


 そう決めた私は暗くなった道路を歩き出した。



 僕は、天音さんと月歌さんが気まずくなったのは知らなかった。全部終わってから聞いたんだ。


 そして後悔した。何でもっと早く気づいてあげられなかったんだろうって。そしたら、あんなことには……



 僕は毎日のように天音さんの家に通うようになっていた。cosmoの話をした日から、天音さんは僕に対しての笑顔が明らかに増えた。


 けれど、月歌さんと一緒になることはなかった。月歌さんと最後に会った日から一週間が経って、僕は天音さんに訊いてみた。


「最近、月歌さん見ないけどどうしたの?」


 天音さんはさらりと答えた。


「学校の行事の準備があって、来れないらしいです」


「へー……そう言えば、僕もやったなぁ。高校生の時、文化祭の準備で夜の八時まで学校にいたら、警備のおじさんに怒られたんだよ」


 今思えば、僕はとんでもない話をしてしまったと思う。どうして天音さんに、高校生の話なんかしたんだろう。僕はその時、知らなかった。


 天音さんが、もう将来を諦めていたということを……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る